*講師の肩書・プロフィールは講演当時のものです。

セミナー第四回
第4回 Group With メンタルヘルスセミナー

補習授業校とメンタルヘルス

講師  栗原祐司氏  文部科学省
日時: 2005年 11月18日
    東京ウィメンズプラザ

講師プロフィール
1989年文部省入省。2001年9月から2005年3月まで国際交流ディレクターとしてニューヨーク日本人学校等に赴任。赴任直後に同時多発テロに遭遇し、在任中は邦人子弟のためのメンタルケアサポート体制構築に尽力される。
著書「テロ事件と子どもの心―日本人学校・補習校におけるPTSD調査とケア―」ニューヨーク教育相談室/編(2004年9月 慶應義塾大学出版会)

第一部 補習授業校について

国際交流ディレクター
世界中に日本人学校は85校あり、教員は日本国政府から派遣されていますが、必ずしも現地の言葉に通じているわけではなく、現地校や現地コミュニティとの交流が難しいという現状があります。そのため語学が堪能で、現地事情に詳しい人を国際交流ディレクターとして派遣しようという動きが平成元年頃から起こり、現在10校に1人ずつ派遣されています。たいていの場合は一般公募をして面接をし、3年間派遣していますが、海外生活が長い元商社員が多いようです。
ニューヨークでは、バブルの時代に日本人駐在員増加し日本人バッシングが起こる一方で、日本人学校の移転をめぐるトラブル等が生じていたことから、文部省から直接派遣されました。私は4代目で。現在5代目が派遣されています。(ニューヨークとシンガポールが文部科学省職員の派遣で、補習授業校も担当しているのはニューヨークのみ。)

私が派遣されたのは2001年の9月1日で、その10日後に同時多発テロがありました。このテロ事件で日本人学校及び補習授業校の保護者が4名亡くなり、またその後も炭疽菌事件やスナイパー事件などが相次いだので、子どもたちや保護者の動揺は非常に大きいものがありました。幸いニューヨークには教育相談室があったので、2名のカウンセラーが中心となって心のケア活動を行いました。その当時の活動をまとめた本『テロ事件と子どもの心』(ニューヨーク教育相談室編・慶應義塾大学出版会発行)には、テロ後の子どものPTSDに関する調査結果と直後の現地の状況、子どもの体験感想文、保護者を亡くした子どもの担任の感想文なども掲載されていますので、興味のある方はご一読ください。

日本人学校と補習授業校の運営について
ニューヨークは一つの運営母体が日本人学校と補習授業校を運営しています。ニューヨーク、ニュージャージーにそれぞれ日本人学校と補習授業校があり、併せて4校となります。日本人学校や補習授業校は、よく国立や公立だと誤解されますが、基本的には現地法人で、企業や日本人会、日本クラブなどが資金を出し合って運営しています。

米国に日本人学校はわずか4校(ニューヨーク、ニュージャージー、シカゴ、グアム)ですが、補習授業校は84校もあります。北米ではほとんどの子どもが現地校に入るからです。カナダやヨーロッパでも比較的現地校に入る傾向は強いのですが、アメリカの場合は顕著にみられます。中国、台湾などのアジア圏では100パーセント近くが日本人学校に通います。これには言葉の問題もあるでしょうが、現地校のレベルが高くないことや治安上の問題もあるからだと思われます。

日本国政府からの補助には、文部科学省と外務省の二つのルートがあります。文科省は義務教育段階のみ教員を派遣し、教科書を無償で配布しています。外務省は現地採用スタッフの人件費のおよそ半分を補助するとともに、ほとんどの補習授業校は借用校舎なので借用料のおよそ半分を補助しています。そういう意味では、半公立校とも言えるでしょう。
政府派遣教員については、日本人学校の場合は、日本国内の公立学校のおよそ8割程度の定員の教員が派遣され、定員は児童生徒数に応じて決まります。補習授業校の場合は、校長、教頭などの管理職以外は日本からの派遣はなく、現地採用の先生が教えるシステムになっています。児童生徒数が100人を超えると1人教員を派遣するという基準があり、以下400人を超えるごとにもう一人が派遣されます。ただし、ロンドン補習授業校のように、一つの補習授業校が4校舎に分かれていたりすると、特例的にもう一人派遣するということもありますが、その場合も教頭という形で派遣され、実際に派遣教員が授業を持つことはありません。
アメリカの補習授業校では84校中、派遣のいる学校が29校、カナダ(バンクーバー、トロント)を入れると31校です。規模の小さな補習授業校では、児童生徒数が20人?30人で保護者が先生を兼ねているというようなところもあります。

北米各地の補習授業校の違いは・・・
補習授業校は、地域や設置者によって、まったく様相を異にします。私は北米の30校以上の補習授業校を訪問しましたが、個人的には東部、西部、中西部、カナダの4つのタイプに別れるのではないかと思っています。

東部では、ニューヨークやワシントンD.C.を中心に、明治維新の頃から大名や旧華族などエリート層の子弟が留学したり、一流企業の駐在員が赴任することが多く、基本的に富裕層が多いように感じます。今でもその傾向は続いており、駐在の人達が主体となっていますが、近年は永住組も増えてきました。
西部は、明治以降移住というかたちで新開拓地を求めてきた日本人が多数いたため、歴史的に労働者階級が多く、戦時中は強制収容所などで苦労しましたが、今でも三世、四世となる永住の人達が数多く暮らしています。近年は国際結婚子弟も増加しているようです。ロサンゼルス、サンフランシスコという日本人・日系人が全米一多い都市を抱えていながら全日制日本人学校がないのは、そうした理由によるものと思われます。
中西部は、もともと日本人がいなかった地域に、1980年代頃から自動車関連産業等の企業が工場を作り、その駐在員の子弟のために補習授業校を設立するというケースが多く見られます。日本企業の工場を誘致するため、州や市が校舎を無償で提供するなどの便宜を図っているところもあり、校長先生が現地の人というところもあります。ほとんどが駐在家庭なので、滞在期間にも限りがあり、教員も永住の人材がいないために地元の大学生や大学院生を活用しており、子どもも先生も入れ替わりが激しいために運営に苦労している補習授業校が多いようです。
カナダは多文化言語主義政策をとっていて、マイノリティを大切にしようという移民の国です。現地法人として日本語学校を設置する場合、カナダ政府が補助をしてくれるため、補習授業校とは別の日本語学校もたくさんあります。例えば、バンクーバーには小さな日本語学校が30校以上あり、補習授業校は帰国を前提にした駐在員の子どもたちが学ぶところという考えがあり、補習授業校に入るための予備校的な日本語学校まであると聞きます。
このように補習授業校といっても様々なので、それらに応じた支援をしていかなければなりません。

補習授業校の内容とその目的
一般に、「日本人学校」は全日制です。補習授業校は土曜または日曜のみの通学で、平日にアフタースクールをやっているところも少しあります。
日本人学校は授業風景も含めてほとんど日本の学校と同じです。違う点をいくつか挙げると、バス通学の場合放課後の活動ができないので、クラブ活動に限界があること、現地理解学習のために小学校でも英語の授業があること、地元の学校との交流学習や地元のコミュニティの方たちを招いての交流会などをすること、などがあります。

一方、補習授業校では、平日は現地校に通っており、授業時間にも限りがあるので、日本人学校と同じようにすることは不可能です。基本的には国語を中心とした基幹教科を教えており、日本語さえしっかりやっていれば現地校で学んでいることを活かしていけるだろうという考え方です。将来日本に帰るであろう子どもたちに対して、日本国内の学校に編入してもスムーズに適応できるような教育を施すことが第一目的です。現実には、西海岸を中心に地域によっては8割が永住者ということもあるので、補習授業校の性格そのものが変ってきているところもありますが、その基本は普遍です。
殆どの補習授業校では基幹教科として国語、算数(数学)を教えていますが、国語だけのところ、また理科や社会、さらには音楽、体育などをやっているところもあります。
学習塾と違うのは、日本の学校らしさを醸しだす文化があるということです。学校では日本語を使い、入学式、卒業式、運動会、もちつき、書初めなど日本ならではの学校行事を取り入れています。運動会にしても現地校とは違い、保護者も呼んで全校生徒が一斉に挙行し、紅白に分かれて競い合います。現地校とは違う学校文化を通して日本のことを知ってもらうことに価値があるのだと思い努力しています。

カナダなどの民間の日本語学校は、heritage language(継承語)という、いわゆる日本語の基礎を学ぶところで、国語としての日本語を学ぶ補習授業校とは違います。最近は永住や国際結婚の子どもたちが増えてきていますが、派遣教員は、永住者に対して、将来どうするのか、子どもの生い立ちや進学、将来を考えながら、日本人学校、補習授業校、現地校の選択をしてもらおうということで相談に乗ることもあり、無責任に補習授業校への入学を勧めることはありません。

補習授業校で学ぶということ・・・
日本では、教科の枠にとらわれない「総合的な学習の時間」が設けられ、多くの学校で国際理解教育として外国語を勉強しています。いろいろな体験活動をすることが総合学習の大きな目的ですが、アメリカで英語に触れ、様々な異文化体験をしている子どもたちは、日本の総合学習の数倍も価値のあることを経験していると思います。

補習授業校では日本では学べないことを学べるという利点があります。小学校の低学年ではほとんど親の意思で通ってきますが、学年が上がるにつれ、現地校のアクティビティーが増え、やめていく子どもが増えていきます。中等部、高等部への進学が一つのエポックになりますが、その頃になると子どもたち自身のアイデンティティが確立されてくるので、自分の意思で補習授業校に通うようになります。したがって、初等部段階の子どもにどれだけ補習授業校の意義を教えられるかが、保護者の大きな役割と言えるでしょう。
補習授業校の卒業式での答辞には説得力があります。それなりの苦労を乗り越えた子供たちの話が感動を呼びますが、幾つか紹介してみたいと思います。
(略)

補習授業校の特色
全日制と比べて補習授業校はさまざまなバックグランドを持った子どもたちが集まっています。出身地、滞米期間、経験、保護者の職業等もいろいろです。しかも幼稚部から高等部までの幅広い学年の子どもたちが一つの場所で学んでいます。これだけ多様性のある学校は日本にはないということで、補習授業校は非常に貴重な価値が高い場所であると認識しています。

日本の友達がいるからという理由で補習授業校に来る子どももいます。高校生の場合は特に多いようです。また、保護者にとっても補習授業校が日本人コミュニティの場、くだけて言えば井戸端会議の場になることがあります。地域によっては日本人会が補習授業校を運営しており、補習授業校しか日本人コミュニティが集う場所がないというケースもあります。
ただし、駐在員は概ね3年?5年程度でいずれは日本に帰国しますが、永住者の場合はずっと通うことになり、駐在員の子どもは駐在員の子どもどうしで、永住者の子どもは永住者の子どもどうしで固まってしまう傾向があります。ある永住者の子どもに聞いてみたところ、駐在員の子どもと仲良くなっても、みんな次々に帰国してしまい、悲しい思いを何度もしたので、それなら最初から仲良くしないほうがいいと思う、という悲しい返事がありました。いろいろなバックグラウンドを持った子供たちと仲良くすることに意味があると思いますが、そこにも限界はあるようです。

家庭・保護者の役割
皆が行くからと目的意識を持たずに子どもを補習授業校に入れてしまい、あとは放っておく家庭があります。国際結婚の家庭などにあるケースですが、日本語を覚えてほしいと子どもを補習授業校に通わせながら、家庭で英語を使い、日本語が上達しないと不満を言ったりします。週一回だけの補習授業校で日本語を学ばせてもなかなか上達は望めません。家庭でもしっかり日本語を使ってほしいと思います。特に長期間滞在する場合や永住の場合は、家庭での日本語は欠かせません。


日本語の保持
どういう子どもが日本語を保持し、帰国後もスムーズに適応できたかについて、いくつかの補習授業校で調査をしていますが、いずれも共通の傾向が三つ見られます。
まず、補習授業校での宿題をしっかりやるということです。補習授業校は週一回だけなのでカリキュラム的に日本の教科書を全て学ぶことはできません。日本の学校では、一つの単元について導入、本論、まとめの3段階に分けて学んでいくのが普通ですが、補習授業校の場合は、時間的に本論しかできませんので、それ以外は宿題でしっかり学んでもらう必要があります。したがって、家庭でしっかりやらないと教科書の全てを学ぶことはできないということになります。
次に、家庭で日本語を使うということ。先ほど述べたように、週一回だけ補習授業校の中でだけ日本語を使っても、ほとんど上達することは望めません。
最後に、日本語の本を読むということです。会話は何とかなるが、書けない子どもが多い。日常会話には不自由しないが、難しい会話にはついていけないというように、日常会話言語と学習言語には大きな差があります。語彙や学習言語は本をどんどん読まないと身につきません。読書をすることは勉強というイメージがありますが、難しい本を読めというのではなく、マンガでも週刊誌でも、子どもの興味を持ちそうな本を与えて日本語に触れさせることが大切です。

「家庭は第二の教室、保護者は第二の担任」
これは、補習授業校関係者の合言葉です。何度も言いますが、週一回だけの補習授業校では十分な日本語の保持、上達は望めません。海外で日本語に接する機会は、日本人学校に行かないかぎり、家庭での頻度が一番多いはずなのです。お父さん、お母さん自身が先生になって子どもに日本語を教えてほしいと思います。現地校では英語のシャワーを浴びているので、家庭では日本語で会話をしてください。内容も短い単語ではなく、いろいろな語彙が使える会話を心がけてください。日常会話では出てこない言葉がありますが、抽象的な概念は体験を利用してさりげなく教えるとよいでしょう。

母親だけモラトリアムにならないように
ニューヨークなどの大都市では、極端な話、英語を使わなくても生活できます。日本人は固まって住むことが多いので、日本人コミュニティの中でだけ暮らすこともできるのです。父親は会社、子どもは現地校で、母親は英語を使わずに日本人の中で暮らしているとだんだん家族と会話が合わなくなってくることがあります。この状態になると、外で英語を使って生活している子どもの苦労が分からなくなり、相手にされなくなるということもあるので注意しなければなりません。英語は努力をしないと上達しないので、外に飛び出していってボランティア活動や習い事をするなどして、子どもの苦労を理解できるようにしたいものです。
テロ事件の直後、動揺している子どもの保護者はほぼ例外なく動揺していました。逆に、保護者が落ち着いている家庭は子どもも落ち着いており、子どもは親の影響を受けることが改めて明らかになりました。同じように、母親が異文化不適応を起こしていると子どもも起こす可能性があります。頼れるのは保護者しかないということで、日本にいる時より子どもは保護者を見ています。常に子どもに見られているという認識を保護者は持たないといけません。

担任の先生と保護者との意思疎通
補習授業校では、教員免許を持っている先生はニューヨークでも6割程度です。免許を持っている先生が一人もいない補習授業校もあり、日本の学校と同じレベルを期待するのは厳しく、それが補習授業校の限界でもあります。
補習授業校の先生たちは意欲もありそれなりに一生懸命やっていますが、難しいのは子どもたちの日本語習得力が多様であることです。3人の生徒であっても学力だけでなく日本語力を含め3様の対応が求められ、それをプロではない先生が教えるので、とても大変です。そのため、保護者の方々は、子どもの実情や日本での状況、家庭でのフォローの状況をきっちりと担任の先生に伝えることが必要になります。補習授業校の先生は本来の仕事があり、電話もつながりにくいのでEメールで連絡するのが便利ですが、Eメールは両刃の剣なので、要注意です。対面でないと些細なことで感情を害したり誤解を生じることがよくありますし、Eメールは何度も読み返されたり多くの人に転送されたりして誤解が拡大再生産してしまうこともあるので、Eメールでは単純な連絡や「ほめる」場合だけに利用した方が無難だと思います。
保護者の厳しい目が教員の資質向上に繋がります。素人の教員も多いので保護者がいろいろ言わないと気付かないことがあります。但し、できるだけ好意的に意思表示をした方が良いでしょう。
さきほど「家庭は第二の教室、保護者は第二の担任」と申し上げましたが、保護者と教員は究極的にはいずれも「日本語」の先生です。正しい言葉遣いを心がけでください。方言はいいと思いますが、スラングや「チョー○○」「いまいち」「キモイ」「キショイ」などのような流行言葉や短縮語はなるべく使わないようにしたいものです。また、現地での生活が長くなると、日本語の中に英語が入りこんでくるケースが増えてくるので、こちらも要注意です。「あのストア、オープンした?」ではなく、「あのお店、開いた?」と、子どもには意図的にちゃんとした日本語で話したいものです。

心のケアの場としての補習授業校
渡航して間もない子どもにとっては、「現地校では自分の言葉を伝えることができず、なかなか意思の疎通ができない」という思いがあり、補習授業校では言いたいことを何でも伝えられるという感動があります。しかし最初は土曜日が待ち遠しいと思っていても、長期化するとありがたみが薄れてきます。仲の良い友だちがいるから通うというだけの理由で通うことになると授業を聞かなくなってきます。3人以上そういう状態の子どもがいると教室がサロン化してきます。何のために補習授業校に通っているのかということを、先生だけではなく保護者もしっかり教えないといけません。心の安らぎの場ということも重要ですが、本来は日本語を学ぶ場であり、色々なバックグランドを持つ人とともに色々な経験ができる場でもあります。子どもたちどうし、あるいは先生との会話から価値観やものの考え方を学ぶこともできます。ここは学ぶ場なんだということをしっかり言っていかなければならないと思います。

現地に暮らす日本人や日系人の拠点としてのネットワーク
心のケアという点から見ると、ニューヨーク教育相談室にはバイリンガルの専門的な相談員が2人いて、日本語のできる精神科医ともネットワークがありますが、全米で同様の相談機能を持っているところは、現在6校程度しかありません。そのため「全米教育相談ネットワーク構想」を実現したいと、数年前から個人的に運動しています。不適応や軽度発達障害の日本の子どもたちに何らかの手を差し伸べなければなりませんが、英語でのカウンセリングは難しいことも多く、効果も上がりません。民間の機関だけではなく補習授業校の中に日本語で相談を受けられる機関があれば、お母さん方や子どもたちが安心して海外で暮らすことができますので、そうした地域をできるだけ増やしていこうと一生懸命運動している最中です。

日本からカウンセラーを派遣することは財政的にかなり厳しいのですが、仮に予算がついて日本からスクールカウンセラーが派遣されたとしても、あまり効果的であるとは考えていません。日本の学校で受ける相談内容と海外のそれとは全く違うからです。
アメリカの中でもニューヨークとデトロイトでは相談内容が違います。ニューヨークは半数以上が発達相談ないしは不適応の相談ですが、デトロイトは受け入れ校やインターナショナルスクールなどについての進学に関する相談が半分以上です。これはデトロイト補習授業校の保護者の8割以上が自動車産業等の駐在員で、子どもたちは3年から5年程度で日本に帰るからです。
また、ニューヨーク教育相談室には、よく現地校から不適応の相談が持ち込まれます。「日本人の子供が何もしゃべらないのだが、言葉が遅れているのか、単なる不適応なのか、あるいはもともと何か問題があるのか分からないので相談を受けてほしい」というような依頼があり、現地校のスタッフとやりとりすることも多いので、英語ができないことには勤まりません。

現地校のシステムなどを把握している必要もあります。ニューヨーク教育相談室には、現地校や現地の医療システム、査定システムを知らないが故の相談も数多く寄せられます。例えば、アメリカでは子どもを一人で留守番させるとネグレクトとなり、軽い体罰でも問題になるなど日本とは制度が違いますが、それを知らないがためのトラブルがよく起こっています。このほかにも、例えば子供が両親と川の字になって寝ている絵を描いて、性的虐待ではないかと訴えられたことがありますし、4年生の子どもがお父さんと一緒にお風呂に入る絵についても同じことを言われたという話もありますので、こうした現地の生活や文化の習慣を把握するためには、やはり3年程度で交代するような派遣制度では限界がありますので、現地の中からスタッフを調達することがやはり賢明ではないかと考えています。

ニューヨーク相談室では年度初めに必ず補習授業校や日本人学校の保護者の方々を対象に説明会を開催し、アメリカの生活文化や医療制度等の違いを説明し、日本と同じように考えると大変なことになると話をしています。例えば子どもが3日間(州によって違うが)欠席し、親が何も学校に報告しないでいると監督不行き届きとなり訴えられます。義務教育は子どもが通う義務ではなく、親が子どもを通わせる義務ということです。アメリカでは学校ごとに様々なルールがあり、入学時にサインを求められますが、中を読まずにサインだけして後々問題になることもあります。こうした説明を受ける機会のない他の地域では、できればそういうサポートを補習授業校の先生がやってくれればいいのですが、短い時間の中ではその余裕がないのが現状です。そういう機会をできるだけ作りたいということで運動しています。



第2部 異文化の中で子どもが感じるストレス
アメリカ生活前半(渡米前から渡米後(言葉に不自由しなくなるまで)
渡米前の準備
子どもたちは自分の意思とは関係なく、親に伴われて海外に渡ります。中には「嫌だ」と言う子どもを何とか説得して連れて行くこともあります。その不満感が渡航後の不適応に繋がることもありますので、渡米前には物理的な準備と共に精神的な準備も必要となります。

渡米直後
渡米直後の子どもはよく眠ります。言葉だけの問題でなく、異文化の中で絶えず緊張して神経が張り詰めているので疲れるからです。最初は出来る限り静かに休ませ、心身の緊張をほぐしてやることが大切です。補習授業校は週末にあるので通うのは大変かも知れませんが、心の安らぎの場にもなるでしょう。

英語の習得
英語に関してですが、最初は相手の話すことを100%理解しようとするのでとても疲れます。慣れてくると、必要でなさそうなものを聞き流す術も覚えてきます。パーティなどではジョークにも適当に受け答えできるようにもなります。分からないことに耐える柔軟性が必要です。最初授業はほとんど理解できませんが、親は柔軟な姿勢を持って、ゆっくりと進んでいくように子どもに教えてやることです。「分からなくて当りまえ」と大きな気持ちで子どもを受け止めてやってください。「頑張れ」は禁句です。

日本の学校との違い
アメリカと日本では学校の文化が違います。日本では集団性や統一性を重んじ、基本的には団体生活の中で静かに先生の話を聞くというスタイルを取ります。アメリカでは幼い時から自己主張することが大事という教育を受け、教室でも活発に発言します。些細なことでも自分の意見を言うことが大切という考えです。また個々の創造性が重視され、他と同じことをすることを嫌います。例えば「この絵を描きなさい」と言われると、つまらなそうにしますが、「好きな絵を描きなさい」と言われれば、生き生きとするといった具合です。余談ですが、アメリカの先生が日本を訪れた時、毎日全員同じ定食ばかり出されて「選べない」ことに不満を感じるといった例もありました。「他と違うことが当然」という文化と「同じことは良いこと」とする文化の違いを理解しないと、なかなかアメリカの学校文化には馴染めません。また日本に帰国した時にも同様のことが起こります。

友達づくり
現地校には低学年であればあるほど馴染みやすいと言われますが、これは友達関係があまり言葉を媒介としないで成り立つからです。極端に言うと、日本語と英語で話していても、何とか意思の疎通ができます。そして遊びを通して段々に英語を習得するという過程を踏んでいきます。
どこの都市でも、たいていは治安が良く学校のレベルが高い地域に日本人が多く住んでいます。特に企業の駐在家庭は一定の地域に集中する傾向があるので、大きな都市であれば現地校に日本人が一人だけということは稀です。現地校でも日本人同士固まる傾向にあるのですが、赴任当初はともかく、いつまでもそういう状況にあると問題ですので、交流関係を広げていくよう促す必要があるでしょう。

アメリカ生活後半(英語に不自由しなくなった頃から帰国するまで)
マイノリティであること
現地での生活に慣れてきた頃に、様々な心の葛藤が起こることがあります。一つは自分がマイノリティであるという自覚のようなものです。周りとの違いを意識するようになり、たとえ小さい子どもでも「どうして私の肌の色は他の子と違うの?」と素朴な疑問を持ったりします。こういったエスニック・アイデンティティを強く意識することはよく見受けられますが、これが中学、高校になると「日本人」としてのアイデンティティに繋がっていきます。
問題なのはそれがマイナスの方向に行くと劣等感になってしまうことです。自尊感情を持てないと、最初は日本人あることの劣等感であったのが自己否定となってしまうので、周囲はしっかりとサポートする必要があります。
ニューヨーク教育相談室の調査によると(調査母数が少ないので確たることは言えませんが)、ヒスパニックやチャイニーズなど多国籍の子どもがいる学校より、白人ばかりの学校に通う子どもの方が不適応を起こす確率が高いというデータがあります。これは白人に対する劣等感が作用しているであろうことは、容易に想像できます。
現地校から日本人学校への転校がよく見られますが、これは受験期で進学のためということのほかに、不適応を起こしてという場合もあります。具体的なデータはありませんが、ニューヨーク日本人学校では、印象として中途転入理由のおよそ二?三割がこうしたケースであろうと思われます。
先日訪問したグアム日本人学校ではそういったことは一切ないそうです。グアムは6割がチャモロ人、2割が白人、残りがフィリッピン、中国、日本などの多国籍の人達で、現地校も同じような人種構成になっています。経済的に余り豊かでなく、基地と観光が主な収入源ですが、観光客の8割が日本人なので日本語を話せることが雇用に結びつくということもあります。日本語学習熱も高く、現地校でも日本語を教えているので、日本の子ども達は劣等感を感じることが少ないというのがその理由なのでしょう。

友人関係
小学校高学年位になると、どのグループに入るのか選択を迫られることがあります。これは子どもにとっては人生の一大事です。例えばAsian 中心のグループ、白人のグループがあった場合、Asian グループの方が居心地良さそうだが、白人グループではもっとアメリカのことを知ることができる、など子どもなりにいろいろ悩むわけです。これはあとどれくらいアメリカに滞在するのか、将来は残りたいのか帰国したいのか、といった将来の選択にも関わってきます。また、これが原因で不登校になるというケースもあり、子どもの学校生活全般にも影響するのできちんと考えなければなりません。保護者も親身になって相談に乗ってあげたいものです。
 
帰国への準備
帰国時には様々な選択をすることになります。日頃から親子で充分話し合う習慣をつけておくとよいでしょう。それがないと、先ほど述べた母親モラトリアムのように、「どうせお母さんに言っても分からない」と相談しなくなり、その不満感が帰国後に一気に噴き出したりします。
子どもは帰国する時に友だちに何か記念になるものをあげたいと言いますが、引越し準備で忙しい親は取り合ってやれないことがあります。子どもにとっては「私のことを忘れないで」という意味のある大切なことなのですから、親は思い出話でもしながら一緒に品物を選んであげてほしいと思います。子どもは自分の気持ちを理解してくれていると安心します。
「自分の国なのだから帰れば何とかなる」と思っている保護者の方々も多いのですが、実は帰国後の方が色々なしがらみもあり大変なことが多いのです。滞在期間が長ければ、なおのことそうです。
帰国すると最初は多くの子どもが何らかの不適応を起こします。渡米した時と同様、帰国も子どもの意思とは関係なく決まります。滞在期間が長ければ長いほど、苦労してやっと馴染んできたのにどうして・・・という思いを抱き、帰国に抵抗感を示すようになります。子どもも一個の人格を持っているのですから、そのような時には出来る限り子どもの声に耳を傾けてあげることが大切です。
 
親ができる対応法
・  子どもに現れるストレスの症状を把握し、日々の言動の変化に注意。
・  子どもの努力・苦労を理解し、それを言葉で(「大変だね」など)伝える。慣れない環境で苦労していることを分かってあげる。大変さを共感する。
・  子どもの良い点・伸びた面に常に留意し、ほめる(他の子と比較しない)子どもは自分を認めて欲しいもの。時には大げさなくらいにほめてやる。
・  子どもが無理しすぎないようにスケジュール調整、要求水準を下げる。
「良い子」は親の期待に応えようと頑張るが、突然プツッと切れたようになり心身に症状が現れるケースもある(拒食症、やせなど)
・ 子どもにとって、リラックスできる、楽しく笑える環境づくり。
海外では親子で過ごす時間が長い。折角の機会なので、できるだけ触れ合う機会を作ること。日本と違って子どもだけで行動できない環境でもあるので、休日には学校では味わえない経験を積ませてあげて欲しい。その触れ合いを通して親子の信頼関係を築き、ひいては子どもが現地に溶け込む手助けともなる。
・ 「親は子どもの味方」であることを常に意識できる何でも話せる関係づくり。
・  親自身のストレスにも注意(親のストレスマネージメント)
 

第3部 質疑応答
Q:ニューヨーク教育相談室はニューヨークの子どもたちが対象でしょうか?

A:もともとはニューヨーク、ニュージャージーの日本人学校、補習授業校の子どもたちのためにスタートしましたが、どちらにも通っていない子どもたちもいるので、基本的にニューヨーク近辺の日本語を話す子どもたちの相談を受けています。他の地域には相談室があまりないので、全米から電話やE-Mail での相談も無料で受けていますが、電話やメール相談では限界があるので、対面でのカウンセリングを原則としています。他地域からの相談の場合はできる限り、その地域の相談室や日本語のできるカウンセラー、あるいは日本人をよく診るアメリカ人のカウンセラーを紹介しています。Group Withで作成していただいている「海外相談機関リスト」も大変参考にさせてもらっています。ただ、まったくそういう専門家がいない地域もありますので、「全米教育相談ネットワーク」の早期構築が望まれます。

Q:相談室で受ける不適応の相談は現地校に通う子どもからが多いのでしょうか?

A:傾向としては、補習授業校にも行かず現地校のみという子どもに多くみられます。ふだんから補習授業校に行くように勧めていますが、実際に補習授業校に入って症状が軽減したという例もあります。現地校で一言も話さなかった子どもが日本人学校に転校して、生き生きしてくるというケースも多々見られます。それは子どもの性格にもよるでしょうが。

Q:現地校に通う子どもが不適応を起こした場合、相談室は現地校とどのようにコンタクトを取っていくのですか?

A:相談員は、日本人が多く住む地域の学校のスクールサイコロジストとはツーカーの間柄ですので、逐一連絡を取り合ってやっています。そういった地域では相談室の存在は知れ渡っていますし、日本人のいそうな現地校には毎年相談室の案内を送付していますので、何か問題があれば相談にやってきます。

Q:発達障害の相談が多いと聞きましたが?

A:これは国内でも同じですが、データによると子どもの数は減少しているのに、特殊教育諸学校(盲・聾・養護学校)や特殊学級に通う子どもの数は増えています。海外でも同じことで、どの補習授業校に聞いても発達障害と思われる子どもは増えているとのことです。軽度の障害は気付かれないこともあり、気付かれないまま補習授業校にも通ってきていることも当然あります。
世界中で特殊学級を設けている日本人学校は8校程度ありますが、受け入れ人数はごく少数です(ニューヨークは現在5人)。ニューヨーク日本人学校の特殊学級では在籍している児童が5人に派遣教員が2人ついていますが、とても大変でこれ以上は受け入れられない状況です。ましてや補習授業校ではとても扱いきれません。
日本では、障害を持つ子どもたちのために、一般教員の養成課程の中に特別支援教育のプログラムを組み込んだり、特別支援コーディネーターを校務分掌に加えたりしていますが、未だ十分に対応しきれてはいません。海外の日本人学校や補習授業校にも専門家の派遣を望む声があがっていますが、補習授業校としてどのような支援ができるかというのは今後の課題です。

あくまでも印象論ですが、アメリカに赴任してくる場合、障害を持つ子どもであっても帯同される方が多いようです。日本よりも医療が進んでいるし、特別な支援を必要とする子どもへの手当てが徹底しているからです。外国人であっても、一人に対して何千ドル掛かろうとスペシャル・エデュケーションの対応をしてくれるのは、アメリカの懐の広いところだと思っています。

参考までに、文部科学省が「初等中等教育における国際教育推進検討会議」を立ち上げ、2005年8月にその報告書をまとめました。その中に以下のことが述べられています。
・ 幼児期は、母語習得の重要な時期に当たることから、海外子女教育分野での幼稚園段階の教育は今後ますます重要となるものと思われる。現在、日本人学校等に 対する国の支援は、義務教育段階に限られているが、政府としてどのような支援が可能かを含めて具体的に検討していくことが必要である。
・ 補習授業校について、現地校へ通う子どもたちが増加する中、週1日国語や算数・数学を中心とした教育を提供する場として貴重なものである。しかし、 それだけでなく、永住権を取得している日本人の子どもや現地市民の子どもなど帰国を前提としない子どもを受け入れている学校もある。また、補習授業校は現 地との教育・文化交流の一翼を担っている面もある。これらの点を踏まえた、補習授業校における教育の充実方策についての検討が必要である。

義務教育の補完をするために将来帰国する子どもたちを支援するという考えのもと、日本人学校、補習授業校とも支援があるのは小、中の義務教育期間だけです。しかし、現実には駐在者が若年化し、幼稚部の人数が増えています。また、高等部の生徒たちは近い将来日本と海外の架け橋となる貴重な人材です。こういう子どもたちに支援がなされないのは問題ではないかという観点から、具体的な支援を検討していく必要性を提言しているわけです。日本人学校や補習授業校には発達障害、国際結婚の家庭など多様な子どもたちがいて、指導が難しくなってきています。そういう状況の中で、派遣教員が子ども100人に対して一人でいいのか、国際交流ディレクターの数も足りないのではないかという課題も出てきています。

Q:ニューヨークのテロ事件の時、具体的にどのような支援活動をなさったのでしょうか?

A:まず一つは日本語で正確な情報を伝える努力をしました。色々な情報が流れますが、言葉の問題があり正確なところが掴めません。総領事館と協力して心のケアに関する冊子を作成し、在留邦人の目に触れやすい日系のスーパーや本屋などに配布するとともに、日本語放送が流れるメディアにも相談室の電話番号を出し、相談があれば連絡するよう呼びかけました。
次に、テロの翌日から、「子どもたちにどのように接したらよいのか」についての注意事項を、相談員から日本人学校や補習授業校の先生に伝えました。その後、保護者説明会を開き、相談員や精神科医が注意事項を説明しました。日本人学校や補習授業校に通っていない子どももいますので、日本クラブや総領事館でも同様のセミナーを行いました。
三つ目として、相談室と総領事館の二つのホットラインを設け、いつでも電話相談に応じる体制を作りました。
それまでニューヨーク近辺の日本語のできる臨床心理士や精神科医などのネットワークはなかったのですが、これを機に総領事館と協力してリストアップしました。その中から総領事館では留学生などにホットラインのボランティアをお願いしました。
そのネットワークが今活きていて、相談室が手一杯の時などに協力をお願いしています。全米にはもっと隠れた人材がいるはずで、ニューヨークにも日本語は片言でも日本人を沢山見ているアメリカ人カウンセラーがおり、日本人のメンタリティを良く理解しています。また、ボランティアで通訳をしてくれる方もおり、英語でカウンセリングを受ける時に頼むこともできます。このような様々なネットワークを築くことができたので、相談室もその情報を提供しながらいつでも相談に応じることのできる体制を作り上げました。ニューヨークには相談室があったので、いち早く対応できましたが、他の地域では難しかったと思います。こういう時のためにも、「全米教育相談ネットワーク」を作ろうと働きかけているのですが、運営資金も必要なので現地の理解が得られないとなかなか進みません。
ロンドンでは今年度中に日本人学校の運営母体である日本人会の中に相談室を設ける予定のようです。

Q:他の国で災害が起こった時、ニューヨークでなさったような支援がされているのでしょうか?
A:台湾地震の時もイギリスでのテロの時も日本からカウンセラーが派遣されました。ただ、現地の言葉や事情が分からないと色々不都合なこともあるようです。地域にもよるでしょうが、北米では現地のリソースを活用した方がよいように思います。

Q:日本以外の国で、自国民に対してニューヨーク相談室のような支援活動を行った例はありましたか?
A:珍しいと聞いています。相談室がテロ事件後のPTSD調査報告書を全米心理学会(APA)で発表したところ、アメリカで起こった事件に関してマイノリティが行った調査ということで注目されました。そのような調査は日本だけだったようです。

Q:アジアへの赴任が増えていますが、その地域の子どもたちへの対応は今後どうなっていくのでしょうか?

A:基本的には日本人学校や日本人会の中で対応していくことになりますが、個人的には総領事館や商工会議所に相談室を設けるなどの動きもあってもいいと思っています。誰でも相談できる体制つくりが望ましいと思います。ただ、アメリカには留学している日本人精神科医やカウンセラーがたくさんいますが、アジアには殆どいません。そのため、相談に応じられる人材の確保が難しいというところがあります。
アジア地域に不適応の子どもがいないわけではなく、スクールカウンセラーの必要性は大きいとも聞いていますので、今後検討されることを期待しています。


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