*講師の肩書・プロフィールは講演当時のものです。

セミナー第六回

第6回 障害を持つお子さんと海外で暮らすための準備と心構え

講師   若松 文 氏
Group OZ 日本支部代表

日時:  2007年11月8日(木) 
場所:  東京ウィメンズプラザ

講師プロフィール
上智大学大学院博士課程中退。教育学修士(生涯教育学専攻)。博士課程在学中、通産省系の財団で海外における滞在型余暇について調査する仕事に携わる。その後、夫の赴任に帯同し1995年3月から1998年3月、2003年4月から2006年10月の二回にわたりバンコクに滞在。3児(11歳、9歳、4歳)の母親。1997年7月、バンコクで子育てをしている母親達のために、子どもの発達について考えたり情報を交換したりする場を作ろうと Group OZ(「こどもの発達を考える会」)を立ち上げる。現在はGroup OZ日本支部として、発達に何らかの問題を抱える子ども達をつれてタイに赴任する日本人家族への情報提供などの支援を続けている。
(2013年3月時点、日本支部は閉鎖されていますが、現地のGroup OZは継続して活動をしています)

  
 



      


 

 

 

講演 

私は1995年から1998年、2003年から2006年まで計6年半、それ以前の滞在も含めると約7年間タイ(バンコク)に暮らしました。一番上の娘をバンコクで出産したことをきっかけに現地の育児サークル「すくすく会」のスタッフになり、その後「Group OZ」の活動を始めましたが、その経緯については話のなかで触れていきたいと思います。
「Group OZ」という名前は「オズの魔法使い」からとったもので「色々な悩みはあるけれど、皆で目指そうオズの国。虹を超えて行くんだ。」と皆で考えてつけました。

今日は「障害を持つお子さんと海外で暮らすための準備と心構え」について以下の5つのテーマでお話をしたいと思います。

・増えている?海外で暮らす特別な支援を必要とする子供たち
・Group OZの活動 ―バンコクでの10年の歩み
・幼児とともに暮らす海外生活
・小学生・中学生とともに暮らす海外生活
・子供たちを支援するネットワークづくり

1. 増えている? 海外で暮らす障害を持つ子供たち
「増えている」に「?」がついているのは、(海外で暮らす障害を持つ子供たちが)増えているとお話をしたかったのですが、これからお話しするなかでちょっと意外な面があるので「?」にしてあります。はじめに、実際どのくらい海外に障害を持つ子供たちが暮らしているのか統計などを探してみました。

1-1 海外在住日本人子女数の推移
≪小学生、中学生について≫
● 海外在住日本人子女数

 

(外務省「海外在留邦人子女数統計」平成16年―19年より作成<小中学生>)


海外に住む日本人の子どもの数のうち、小学生、中学生の数の推移(平成16年から19年まで)をグラフで見てみると、平成16年時点ではアジア地域16,981人、北米地域20,659人、全世界では54,148人でした。それが19年までの3年間で約5,000人増えています。
現在、平成19(2007)年4月15日時点の海外在住日本人子女数は、59,109人にのぼり、その内訳は小学生44,480人、中学生14,629人になっています。
● アジア在住の日本人子女数の急増
上のグラフでも分かるように、平成17年にアジア地区の子どもの数が北米地区を抜いています。平成17(2005)年に小学生数で、平成19(2007)年には中学生数で、北米在住子女数を上回りました。今は(海外在住日本人子女数において)北米とアジアが拮抗し二大勢力となっています。

● 全日本人学校在籍者のうちアジア地域の占める割合は約75%。
  全補習校在籍者のうち北米地域の占める割合は約72%。
 
日本人学校に在籍している子どもたちについて調べてみると、在籍者はアジア地域がほとんどです。(海外に子どもを連れて行く場合)、北米では現地校と補習校に、アジアでは日本人学校に通うことを先ず考え、次にインターナショナルスクールを考えるということが一般的な傾向だと思います。バンコクも最近はインターナショナルスクールが増え、通う子どももこの二、三年で急激に増えています。

アジアの場合は日本人学校もマンモス校で、バンコクも1997年の経済危機の時は一時的に減ったのですが現在は回復し、今年度は小学1年生が11クラス、2年生9クラス、3年生10クラスあるなど小・中学校合わせて2200人ぐらい在籍しています。

  日本人学校への就学が多い地域(約半数?6割強) アジア、中南米
  日本人学校への就学が2から4割弱   欧州、中東、アフリカ
  日本人学校への就学が1割以下 北米、大洋州
  補習校の占める割合が多い地域 北米、欧州、大洋州


≪乳児・幼児について≫ 
海外邦人の家庭での障害のあるお子さんを考えた場合、小中学校に通っていない小さなお子さんもかなりの数いらっしゃいます。実際のどのくらいの乳幼児がいるのか調べたところ、具体的な数字、統計がなかなか見当たりませんでした。分かったものとしては、
● 在外公館の出生届受理数(日本国籍留保者)
   平成17年度 10,930人(アジア1,773名、北米5,753名)
   *日本で直接提出された届出は除く

上記の出生届受理数では、アジアが北米より4000名近く少なくなっています。(バンコクに住んでいたのでわかるのですが)アジア地域の場合、現地で妊娠した母親は里帰りし日本で出産することが多いです。10年前に私がバンコクで子どもを産んだ時で約半数の方が日本に帰国して出産しましたし、今でもそのようです。上記の数は「日本で直接提出された届出は除く」となっていますので、実際には出生届受理数からかなりの数が漏れてしまっています。

● 文部科学省の統計資料(平成16年)
   年少 5,652人
   年中 6,262人
   年長 7,126人
 
   総幼稚園児数 19,040人
   小学生総数  41,369人
   中学生総数  12,779人

海外で幼稚園に通うお子さんの数については、平成16年の文部科学省の統計資料によりますと、19,040人いると言われています。この数は総中学生の数を大幅に上回っていますので、かなりの数の小さいお子さんが海外で暮らしているということになります。

1-2  特別な教育的支援が必要な子ども達
● 日本国内で、特別な教育的支援が必要な子ども達の比率

海外に住む発達に特別な支援を必要とする子どもの数というのは、バンコクでも正式には把握されていません。それで、前述では海外で暮らすお子さんの総数をお伝えしましたが、その中で実際どれくらいそういったお子さんがいるのかを推定してみました。(推定の基になる子どもの比率については)文部科学省の以下の調査結果があります。

盲・聾・養護学校、もしくは、特殊学級に在籍するまたは通級による指導を受ける児童生徒の割合 1.477%

通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の割合 6.3%
学習面で著しい困難を示す 4.5%
行動面で著しい困難を示す 2.9%
学習面・行動面ともに著しい困難を示す 1.2%
(平成13年度 文部科学省調査結果)

今まではずっと、障害のあるお子さんの割合は1.477%であると言われてきたのですが、軽度発達障害といわれているLD、AD/HD、アスペルガー症候群など、特に知的な遅れがないのに特別な支援が必要なお子さんの数がどのくらいいるのか、日本でもあまり具体的に把握されていませんでした。平成13年度に調査があり、通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の割合は、学習面で著しい困難を示すお子さん、行動面で著しい困難を示すお子さんを合わせると6.3%というかなりの数になっています。1クラス30人として一人、もしくは二人ぐらいちょっと手のかかるお子さんがいるというのがこのデータです。

● 日本人学校で、特別な教育的支援が必要な児童生徒の推定数
前述の比率を(日本人学校の児童生徒に対して)以下のように推測で当てはめてみました。上記の調査が行われていた同じ年を見てみると、

平成13年度 日本人学校総数83校  児童生徒数16,516人
・特別支援学級に在籍または通級で指導を受ける児童生徒数
*盲・聾・養護学校はないのでそのぶんを除く
(日本では約1%)約170名?
・通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒数
(日本では約6.3%)約1040名?

上記の数字は仮説ですが、実際にはどのくらい在籍しているのかと資料を探してみました。その結果が以下の4つの調査資料です。

● 日本人学校で、特別な教育的支援を必要とする児童・生徒数の実数
・中央教育審議会
「21世紀を展望したわが国の教育の在り方について(第1次答申)」 (1996年7月19日)
平成7(1997)年障害のある子どもの在籍する日本人学校数は92校中24校。
・平成8年 東京学芸大学 堅田明義教授調査  
回答のあった日本人学校(74校)中、特別な支援を必要とする児童・生徒が在籍したことがある学校は27校。児童数は、64人。(『月刊海外子女教育』1996年9月)
・平成17( 2005)年  国立特別支援教育総合研究所 
全日本人学校(84校)中、回答があった77校中、特別な支援を必要とする児童生徒が在籍している学校は27校。児童数は、61人。
・平成18年度 文部科学省統計
海外在住の全児童生徒(58,304人)のうち、特別支援学級在籍者は、全体の0.1%、42名。

「増えている」と言いたかったのですが、上記平成18年の数字が42名でかえって減っています。これは数字のトリックのようなところがあって、例えば、平成18年の文部科学省資料には支援学級在籍者とありますが、これは通級のお子さんの数が入っていないのです。おそらく入っても60名から70名であろうと思います。それで「増えている」というのは?になっているのです。

 
● 増えている?特別な支援を必要とする子ども達
特別な支援を必要とする子ども達の数は、10年間で殆んど変わっていません。1996年から2006年の10年間で、日本人学校における特別支援学級の設置数・児童生徒数は、ほぼ横ばい。特別支援を必要とする児童生徒が在籍している学校は、全日本人学校の約30%、児童生徒数は、60名―70名です。これ以外に例えば、日本人学校以外の教育機関(幼稚園、現地校、インターナショナルスクールなど)に在籍する特別な支援を必要とする子どもの数は?とか、幼稚園、小学校、中学校に通っていない幼いお子さんの数は?とかいうのは実は資料がないのでわかりません。

私はちょうどバンコク日本人学校に「なかよし学級」という支援学級が設置された年から「すくすく会」「Group OZの会」に参加しているので、ちょうど10年間の半分ぐらい関わっていたのですが、その10年間状況が変わっていません。変わっていないことはたくさんありますが、一番変わっていないことは、(日本人学校の特別支援学級に)入りたいけれど入れないというお子さんがたくさんいる状況です。私どもへの相談でも「日本人学校に入れますか」という相談が圧倒的に多いんですね。 子どもたちの数はどんどん増えていますけれど、受け入れの数は変わっていないので、入れなかったお子さんがそのために海外に行くのを断念する、そのようなケースが多いとも言えると思います。

 

2. Group OZの活動 
2-1  Group OZ-バンコクでの10年のあゆみから

Group OZは1997年7月「こどものことばの発達を考える会」(すくすく会のグループ)として発足しました。「すくすく会」というのは日本人会の育児サークルで、長女を現地で出産した時からお世話になりました。私がバンコクに滞在していた95年から98年は、乳児を連れて赴任する若い家族が急増した年です。また、出産についても以前は現地出産が殆どありませんでしたが、急激に現地で産む方が増えた時期でした。育児サークルのメンバーも大幅に増えた時期でして、私が入会した時は全会員数が約50名でしたが、1998年に帰国する時には500名近くに増えていました。スタッフの数は増えてなかったので、とても忙しかったのを覚えています。

最初私はすくすく会の中で「病院訪問」のスタッフとして「出産して3日目のお母様を病院に訪ねる」というボランティアをしていました。1年間ぐらい続けた時に、訪問した先のお母様から「赤ちゃんはいつ頃から言葉を話すのかしら」という質問をよく受けるようになりましたので、言葉のことを考えるミーティングを一度開いてみようと思いました。集まったのは20名ほどのグループでしたが、参加者は、見事に10名ずつの二つに分かれました。一つは一歳前後の赤ちゃんのグループ、もう一つは「すくすく会(二歳ぐらいまでを対象)の会員ではないが参加したい」という3歳から5歳までぐらいのグループでした。

3歳以上のグループに非常に深刻なケースがみられました。バンコクにはことばの発達の専門家がいないので、(貯まっていた航空会社のマイレージを無料航空券に換えそれを利用して)日本からどなたかお呼びしないかという話になり、スピークの会(ニューヨーク臨床教育父母の会)の日本支部のスピーチセラピスト大橋節子さんに依頼しバンコクに来て頂きました。そこで初めて小児検診を始めました。

その時は小児検診という言葉は使わず「子どもの言葉の相談会」というような名前でミーティングを開いたのですが、相談に集まった方たちに本当にすぐにでも対応しなければならないような深刻なケースが多く、大橋さんも驚かれていました。

バンコクには療育施設もなければ、(まだ日本でもインターネットが普及してなかったので)日本の情報も集められないというような状況でしたので、取り敢えず今回相談を受けた方たちが定期的に集まってミーティングを開いたらどうかしらということになり、月に一回お茶会を始めたというのが「Group OZ」の始まりです。最初は7人ぐらいだったのですが徐々に増えて去年は20名を越えましたが、現在は15名ぐらいです。

「Group OZ」
 ● 会員数 約15名(2007年10月現在)
 ● 活動内容 
・月1回の定例ミーティング お茶会を開く
・プレイグループ「プアン」(年3?4回)
・こどもの発達に関する情報提供(バンコクのお子さんのいる母親から
 相談が有った場合)
日本人のカウンセラーがいないので、相談はなかなか難しい
・タイ赴任者への情報提供(日本支部)  
 <関連する活動>
・「なかよしボランティア」
  (バンコク日本人学校の特別支援学級でのボランティア活動)への参加
・小児健診(日本人会主催)へのスタッフの参加 
*2013年時点の情報
オズの日本支部が閉鎖になったため、ホームページの更新は停止しているが、現地では、OZの活動は続いている。
2013年の活動内容はこちらを参照してください


日本人会の厚生部が、小児育児相談を実施していて、日本から年に1回、専門医が来タイし、日本人の子供を対象に
健康相談 http://kenshinbkk.exblog.jp/m2013-02-01/ を行っている。

  
2-2  子ども達の抱える障害の種類
「Group OZ」のメンバーの子どもたちが抱えている障害がどのようなものなのか、この10年間をみてみると、知的障害、自閉症スペクトラム(高機能、アスペルガー症候群を含む)、広汎性発達障害、染色体起因障害(ダウン症候群など)、AD/HD(注意欠陥多動性症候群)、肢体不自由、構音障害(言語障害)、重複障害などで、障害の種類は非常に多様となっています。

この中にLDがないのにお気づきの方もいらっしゃると思いますが、実は「Group OZ」が(私たちの方からは言ってはいないのですが)障害の重い方たちのグループという印象が拡がっていたということもあり、LDのお子さんのお母様から問い合わせがあっても入会ということになりません。LDの子どもがいないのかというとそうではなく、例えば、バンコク日本人学校では毎年、子どもたちの自筆原稿をそのまま載せる写真文集を作りますが(小学部で1600人分ぐらいの文集を一冊にしますので厚さが2cmぐらいになるような大きい文集です)、一人ずつ読んでいくと(「Group OZ」には入会していないけれど)もしかすると苦労しているのかなぁというお子さんが何人か見られます。


2-3  定例ミーティングでの話題

「Group OZ」内での話題についてですが、いつも子どもの障害のことばかり話しているわけではなくて、月一回集まると、最初はどこのレストランがおいしかったとかバーゲンがどこであるのかといった普通の話題がほとんどでごく普通の母親の集まりです。それが外にはなかなか伝わらないようです。

● 小・中学生グループの話題
・教科学習への取り組み方(学校・家庭)
・友達との関わり方(登下校、学校内、帰宅後)
・課外活動や学外活動、習い事
・進路について(小学6年生時) など
*日本人学校への要望(2004年頃まで)

小・中学生グループは、子どものハンディの問題などはありますが、あえてそれを言わない限り、健常のお母様たちの話題とあまり変わりません。

● 幼児グループの話題
・問題行動への対処法
・タイや日本の療育情報
・心身の発達(体の動き、身辺自立、ことばの表出など)
・幼稚園での出来事(園での日常生活、行事など)なかなか園に慣れない、行事が苦手
・小学校への入学(年長児) など

どちらかと言うと幼児のグループの方のほうが、子どもの発達の話題が中心になりがちです。
小中学生のお母様たちと幼児のお母様たちの温度差というものは、ミーティングの中でも感じられまして、やはりこれは子どもと向き合っている時間の長さの違いではないかと思います。


2-4 Group OZへの相談内容

OZ発足当時は、タイ国内に住んでいる母親からの相談件数が圧倒的に多かったのですが、最近は日本からの相談の方が多くなっています。

≪日本からの相談≫
タイ国内からの相談と違う点ですが、タイへ障害を持つ乳児を連れてくるという方は殆どいない状態なので、乳児についての日本からの相談は今までにありません。幼児、小学生についての相談が多いです。

● 生活情報全般(特に、アパートの選び方)
必ず聞かれるのは生活情報全般についてで、特に「アパートはどこがいいか」、「幼稚園はどこがいいか」は本当に多い質問で、この二点は何回答えたのか覚えられないくらいです。

● 病院・現地の医療・療育事情  現地の療育機関は?
現地の医療、療育状況を教えて欲しいという質問は意外に少ないです。もともと現地には無いと思っているのかもしれません。

● 幼稚園・学校の情報
・日本人学校、日本人幼稚園への転入
・日本人学校の特別支援教育のシステム
・インターナショナルスクール情報
小中学生の場合は圧倒的に日本人学校の情報を教えて欲しいという相談です。最近はインターに行かせたいのですが、という相談が増えてきています。

≪タイ国内からの相談≫

乳幼児についての相談が圧倒的に多いです。あとは小学生、中学生が少しあるという程度です。
● Group OZへの入会について(来タイ直後の家族が多い)
日本でOZから情報を得て来タイしたので、OZに入りたいというのが殆どです。子どもの発達について不安があるので相談してくるという数よりも、来タイしたので入会したいという相談が圧倒的に多いです。

● 子どもの発達について(主に乳幼児。言葉がなかなか出ない)
乳幼児を持つお母様から子どもの発達についての相談があった場合は、極めて深刻で支援が必要となるケースが多いです。


3.  障害を持つ子どもと海外で暮らすための準備と心構え
OZにはどんなお子さんがいるのか、またOZに寄せられる相談はどのようなことが多いのかを説明しましたが、実際に小さなお子さんを連れて行く時にどういうことに気をつけたらいいのかを私なりにまとめてみました。

3-1  海外生活に向けての準備 
● 「家族で行く?」or 「単身赴任?」
海外に小さなお子さんを連れて行く時、最初の海外生活への準備はと言われるとはじめに「家族で行くか」「単身赴任にするか」の選択になります。

「先進国」ですと地域の療育を外国人も利用することができることが多いと聞いています。「発展途上国」ですと貧困の問題もあり基本的には障害児支援サービスは未整備であることが多いです。タイの場合ははっきり言って整備されていません。外国人の利用は想定の中に入っていないどころか、タイ人でも利用できない人がいることをどうするのかが課題になっています。但しアジア地域の場合は、日本に帰国しやすい(一時帰国の利用)というメリットがあります。が、近い割には小さなお子さんがいるご家族には生活環境が厳しい。私の娘は12歳になるのですが、赤ちゃんだった当時、ミャンマーで子育てをしている方が予防接種の度にバンコクに飛行機に乗って連れてきていました。今でも発展途上国に幼いお子さんを連れて出ている方は一時帰国してリフレッシュして戻るということを繰り返していらっしゃいます。

● 滞在期間  いつ帰国するか?
・中長期(3年以上) or 短期(3年未満) 
・小学校・中学校入学などの区切りの時期

子どもを連れて行く場合、考えなければいけないことは滞在期間で、いつ帰国するか?です。行く時から帰る時を考えます。
  
● 子どもの状態
・子どもの年齢  ・障害の程度 

主治医・療育の先生のアドバイスやそのほか色々な情報を集めた結果、同じ条件でも行く家族もあり、行かない家族もある。最終的な決断はその家族が行います。どうすればいいのかとよく聞かれますが、それは色々情報を集めた結果ご家族で決めなければいけないということを必ずお伝えしています。

 
-幼児編-
3-2-1 小さいお子さんを連れていく準備
● 日本国内の支援ネットワーク<わが子ネットワーク>作り

海外生活に向けて、障害を持つ小さいお子さんを連れていく場合何が一番大事かというと、おそらく先進国でも同じだと思うのですが、「わが子のためのネットワーク」を作るということです。

先進国の場合、「わが子のネットワーク」というと、その国のネットワークの中でわが子の周りにある現地のサービスを使うというのを考えるのですが、少なくともタイの場合は、日本国内で作っておくということが大前提になります。

これは現地の公的な支援サービスは利用できないので、定期的に帰国して、療育や医師への相談ができるような環境を整備しておくということです。特に幼いお子さんの場合は絶対に必要なことです。一時帰国先が決まっているならば、できればそこに実際に住んでみる。海外に赴任が決まった場合、アジアの場合、ご主人が先行して移り住み、3ヶ月ぐらいあとで家族が合流するということが結構あります。少なくともその3ヶ月ぐらいは実際に一時帰国する町に暮らして、日本の療育を体験しておくことです。

アジア地域に赴任するご家族で、お子さんが腎臓病だったり目の病気があったりして定期的に検診に帰国することを認められている方が結構いらっしゃいます。それと同じように、発達の問題のあるお子さんについても、できれば一年に一回は定期検診のために公費で帰国できるよう会社と交渉したほうがいいと思います。

また日本にいる時に、地方自治体(市区町村など)の社会福祉サービスについて情報収集をしておいたほうがいいと思います。海外に出てしまうと市区町村レベルの情報を集めることができないので、療育手帳とか、(症状の重いお子さんでしたら)障害者年金とか、海外に移る前に装具を作るとか、そのような情報を先にどんどん集めておくことです。
場合によっては「住民票」を残しておいたほうがいいのですが、これはあまり認められないので可能かどうか会社と相談してください。

● 滞在期間
小学校入学までの年数ですが、幼稚園年長になった一年間は、入学準備のため情報収集に走らなければなりません。帰国するか日本人学校に行くかの選択をしなければならないし、(選択するにしても)少なくとも年長さんの時期には日本人学校とのコンタクトを取り始めなければならないので、滞在期間はあらかじめある程度頭に入れておかなければいけません。

● 子どもの状態
バンコクにいらっしゃる方の子どもの年齢は3歳前後で連れて行きたいとう方が多く、障害の程度も比較的軽度の場合が多いです。

3-2-2 バンコクの療育・幼稚園事情
● 私立病院での療育トレーニングについて

バンコクの場合、療育センターや保健センターなど市町村のものは外国人は利用できません。日本人の皆さんは外国人が通う私立病院での療育トレーニングを利用します。最初に小児精神科を受診してから療育開始をするのですが、日本での療育に関する記録がある場合や、日本で医師の診断を受けていた場合は、それらがあれば改めて受診しなくてもいいケースもあります。だいたい日本人通訳がアシスタントに入ります。(構音訓練は、母親の協力が必要な場合もある)

● 幼稚園について

・日本人幼稚園が多い(7?8園)、障害を持つ幼児を受け入れた経験のある園は多い
バンコクには日本人幼稚園が多いです。シンガポールやマレーシアでは日本人幼稚園は一つか二つしかないと聞いています。さらにほとんどの園は障害を持つ幼児を受け入れた経験があります。ただ、(障害が)わかっていて受け入れた園は限られていて、受け入れた後に気がついたという例が多いです。

・健常児であっても、入園待機児が増える傾向にある

今は健常児であっても入園待機児が増える傾向にあるので、赴任が決まったら早めに問い合わせてください。必ず日本から事前に入園について問い合わせしないと間に合いません。
赴任決定から家族の赴任まで半年ぐらいはあるので、療育を受けながら日本で待機するほうがいいです。特に幼いお子さんのいる家族は、現地で何もせずにいるより、ご主人も現地の仕事に慣れてから家族が合流したほうがいいと思います。

・幼稚園の教育方針も各園で特色がある。課題の多い園? or 自由保育の園?

幼稚園の教育方針も各園で特色があります。バンコクの幼稚園では、どちらかというと一斉保育の多い園もあれば、自由保育の多い園もあり、さまざまです。障害のあるお子さんの場合は、どちらかというと自由保育の園を検討されますが(自由保育の園のほうが受け入れをしてくれるケースが多い)、逆に幾つか課題をこなしていく方が性に合っているお子さんもいますので、子どもの適性や園長先生の判断などで園を決めたほうがいいです。

● インターナショナルスクール
・障害を持つ幼児を受け入れた経験のある園もある
・保護者の語学力が相当必要

最近はバンコクにインターナショナルスクールが増えてきているので、そちらに入れている方もいます。それでなくてもトラブルになることが多いので、保護者の語学力がないとかなり厳しいです。入れている方はお母様が語学に困らない方が多いです。日本人のスタッフを入れているところもあるので、日本人のスタッフに相談することもできます。 


3-2-3 海外生活スタート!!
幼児に起こりやすい日常生活上の問題
● 新しい環境に慣れるまで→親子で大混乱!!
・赴任後、問題行動が急激に悪化→新しい環境への不適応
(例)自傷行為、パニック等が増加。
赤ちゃんがえり?(おもらし、夜泣き)など

小さいお子さんを連れて海外で生活を始める時は、急激に問題行動が多くなることがあります。普通のお子さんでも環境が変わるとお漏らしや夜泣きをするとかがありますが、障害のあるお子さんの場合はその度合いが強く起こることがあります。
 
・療育トレーニングの中断
(例)新しい療育を拒否→問題行動激化  
  
母親は赴任直後の子どもの様子だけでもショックを受けるのですが、さらに現地の療育トレーニングが結構スパルタなことにも不安になります。新しい先生で言葉も分からないのに、いきなり積み木を積みなさいなどと言われ大嫌いになり、病院に行く日になると泣き叫んで止まらないという話も何人もの方から聞いています。お母さんは今まで落ち着いてきた状態が一気にひっくり返りますからとても不安になってしまいます。この不安な時期に慌ててしまうと更に悪化します。

不適応は、いずれ落ち着く(3ヶ月?6ヶ月)。慌てない。
困ったときは、一人で抱え込まず、「わが子ネットワーク」を活用する。
不適応が起こるということを予め頭に入れておいて、いずれ落ち着くので慌てないように、困った時は一人で抱え込まずに日本で作ってきたネットワークを活用するようにアドバイスして欲しいと思います。
     
● 乳幼児期=成長するにつれて、新たな問題行動が起こってくる。
(例) こだわり、多動、偏食などが強まる。言葉がなかなか出てこない。単語数が増えない。友達とのトラブルが増えてくる

特に小さいお子さんの場合は、これができたらあれがダメになったとか常に新たな問題が出てきます。幼いお子さんを連れて行く場合は相当のサポートが必要だということを実感しています。
   

3-2-4 乳幼児を育てている母親へのケア
● 時期により揺れ動く母親の不安

子どもの障害を知ってから、まだあまり時間が経過していない時期
健常児の親であっても、乳幼児期は、子育ての不安が多いものです。子供の障害を知ってから間もない母親では、育児や子どもの将来などへの不安がとても強い時期です。さらに転勤による環境変化などもあり、ちょっとのことで動揺しやすいです。

「乳幼児期=努力次第で子どもの能力が伸びる可能性が高い」と信じている時期
外国だからではないが、かなり早期から字を教えたり本読みをしたりしています。お稽古天国のバンコクでもベビースィミング、リトミック、体操、1,2歳からの英語などを色々習わせたりしてすごく頑張ってしまいます。

健常の子どもとの差が(見た目では)あまり開いていない時期
「もう少し頑張れば追いつくかもしれない」という気持ちがどこかにあり非常に教育熱心になります。

父親が障害を認めていない。父親は上昇志向が強い時期→母親の孤立
実は、父親が障害を認めていないケースがかなりあります。それで障害があっても海外に連れてきてしまうということがあります。父親は会社から任されて海外にきたという自負心や上昇志向が強い時期でもあり、そういった父親ですと、母と子どもがどうしても孤立してしまいます。バンコクはゴルフ天国とも言われていますので、週末は父親が不在の家庭が多く、それも母子という形に固まりやすくなります。

● 子どもの障害を知って以来、健常児の保護者とのつながりを閉ざしがち

OZの仲間とか同じ境遇の保護者との結束が強くなります。兄弟のある場合は少し違いますが、特に第一子だった方の場合はこの傾向が強いです。 
「こどもの能力」について、他者との比較する機会が多くなってしまいます。母親同士のお茶会で子どものことが話題になっても、うちの子はこれができる、あれができると言うことをそこまで話す集まりはあまりないと思うのですが、子どもの能力について誰それちゃんは何ができるなど言いがちになります。
だいたい6歳ぐらいになってくるとお子さんによって伸びが違ってきます。はっきり差がでてきます。またそのなかで孤立してしまうケースが出てきます。

● インターネットを利用した情報収集が過剰気味

そこまで集めなくてもいいという情報まで集めてしまう傾向があります。情報の選択が難しくなかなかうまくいっていません。

★母親の気持ちや意見をいったん受け止めてから、アドバイスをする。

前述のことなどに対して、お母様たちに「ちょっと待って」と言ってしまうと「気持ちを受け止めてもらえなかった」ということになってしまいます。「頑張っているね」と一旦お母様たちの気持ちを受け止めます。「頑張っているね」という言葉が本当に欲しいんだなぁと活動を通じて実感します。

 

 

-小中学生編-

3-3-1 小中学生を連れて行く準備  ーバンコクの場合ー

海外赴任が決まった小中学生の保護者の最大の関心事は「転校できるかどうか」ということに絞られ、小さいお子さんのお母さんに必要だったような心のケアは感じませんでした。
タイの場合は学校を選ぶといっても日本人学校かインターナショナルスクールかの2つしか基本的には選択肢はありません。ここ何年かでインターナショナルスクールの特別支援教育学校が2校できましたが、ここが学校なのか機関なのかがはっきりしません。
特別な例として現地の特別支援教育学校にも触れたいと思います。あとは日常生活で起こりやすい問題や保護者の悩みや基本的な生活知識の習得などお子さんたちに起こりやすい問題についてお話しします。

3-3-2 転入先の学校の選択
●日本人学校への転入学

日本人学校は国(文科省)からの教師派遣など国の支援を受けていますが、あくまで現地の法律に基づいて設置された私立学校です。初めて海外で子どもが学齢期になる家族は日本の公立学校の海外版だと勘違いしやすいのですが、編入学を希望する日本人子女を無条件に受け入れる教育機関ではなく、定員数を超えた場合は入学待機で入れません。

日本人学校に転入学する際には必ず、日本から、事前に、日本人学校に転入学について相談してください。入学できるという保証はありませんのでいきなり連れて行くことは避けてください。日本人学校は子どもとの面談によって最終的な入学許可の判断をしますので、入れるかどうか分からないけれども子どもを連れて行かなければいけません。場合によっては日本人学校の先生が一時帰国されている時に連絡が取れれば、日本で子どもと面談してもらえるということも可能かもしれません。

特別支援学級が設置されていない日本人学校は、普通学級での授業に参加できなければ転入は難しいと考えたほうがよいです。特別支援学級のある日本人学校でも学期途中の転入学は認められない可能性が高く、特別支援学級の定員枠が空いている場合でも、子どもの障害の程度によって受け入れられないこともあります。その年はだめでも、新年度からなら入れることもあります。

軽度発達障害の場合は、普通学級での授業に参加できれば、転入が認められる場合が多いですが、個別支援を希望する場合は特別支援学級の定員枠内に限られます。
バンコクの場合、現在は就学猶予(1年遅れての入学)を認めていません。

日本国内と同様の公的な特別支援は適用されない
日本人学校では日本国内の市町村が行っているような特別支援は一切ありません。全くないものは、
(1) 介助員の加配
家庭科の先生や現地の日本人を雇うということはあっても特別支援のためにということは限られています。
(2) 作業療法や理学療法等の専門家との連携
(3) 「情緒」「知的」といった障害別の学級運営
 特別支援学級が設置されている学校はありますが障害別にクラス分けすることはありません。
(4)軽度発達障害児(LD、AD/HD、アスペルガー症候群など)へのサポート
 日本では最近サポート対象としてきているものの海外ではまだ難しく、個別支援計画を立てることもありません。

特別支援教育への取り組みは学校によってさまざま
日本人学校では、特別支援学級が未設置な学校が多く、学級があっても特別支援教育専任教員が不在の学校もあります。特別支援教育の定員は、教員1人に対して生徒3人ぐらいが目安となっています。 

●インターナショナルスクールへの転入学 ーバンコクの場合ー

続いてバンコクでのインターナショナルスクールでの教育事情についてお話します。最近タイは教育の規制緩和がされたために、バンコクではインターナショナルスクールが多数設立しています。日本人家庭の中にも日本人学校ではなくインターを選ぶケースも増えています。

インターナショナルスクールの場合、バンコクに限らず大まかに2種類にタイプが分かれます。1つは英、米、豪、仏、シンガポール系などの進学校で、各国のカリキュラムに沿った教育を実施します。入学時に授業を理解できるだけの語学力が求められ、特別支援の必要な子どもは受け入れられず、それをホームページに明記している学校もあります。
もう1つは各国流というよりは、むしろ多文化的な学校で、入学時に語学力を問われないところが多く、日本人はそちらを選ぶようです。

他にインターナショナルの特別支援学校や特別支援教育機関がありますが、これらができたために、最近はインター校が特別支援の必要なお子さんはそちらに行ってくださいという対応をするようになってしまいました。
インターの特別支援学校は、ほかのインターナショナルスクールと連携して特別なプログラムを提供している場合もあります。しかし2校あるこれらの学校は規模が小さくて教員の異動が激しく教育の質にばらつきがあります。ただ課外活動として、ソーシャルスキル、武道といった講座を開講しているので、英語であることを考慮して補助的な教育機関として受けることもできます。

実際にインターナショナルスクールを選択している日本人家族の特性は、長期滞在・永住者、国際結婚、中学後半で高校もバンコクで過ごす確率の高い子どもや高校生を伴った海外赴任、軽度発達障害でソーシャルスキルは弱いけれど言語能力がとても高い児童の家族です。


●現地の特別支援学校ヘの転入学 ーバンコクの場合ー
バンコクは現地の特別支援学校への転入学という選択肢もありますので紹介します。「サタバン・セン・サワン」という学校で、日本人が多く住むスクンビット地区にあり外国人を受け入れてタイ語で授業をする唯一の学校です。
慈善財団が設立した特別支援学校で、乳児から成人までの一貫した教育システムを持っています。国際結婚をした日本人のお子さんとか保護者が特別支援教育の有資格者である日本人家族のお子さんが通学していました。この学校は十分な教育を受けられないタイ人の障害児のための学校なので、とてもよいプログラムを提供しているものの、それ程多くの外国人を受け入れられません。外国人(日本人)のお子さんが入ることによりタイ人の子どもがサービスを受けられなくなるということを考慮し、保護者でありサポーターとして貢献できるような家庭でないと参加は難しいかと思います。


3-3-3 日常生活で起こりやすい問題や保護者の悩み
● 転入学直後

転入学直後は緊張が強く興奮しやすいために予期せぬトラブルが生じやすいものです。衝動性の強い障害を持つお子さんの場合は、新しい学校で頑張りたいという気持ちと緊張が重なって思わず手が出てしまったというトラブルも起こります。特に、バス通学中や普通学級での授業の時に問題が起こりやすいようです。日本の学校では問題が起こっていなかった場合でも、事前に学校側にお子さんは衝動性が強いということを伝えておいた方がよいと思います。


● 日常生活の中で
日常の中で起こりやすいトラブルでもっとも多いものは友達との関わり方です。中でも通学バス内でのトラブルが多く、バンコクの場合はほぼ全員がスクールバス通学をするので、健常児でも問題になることが多いものです。「○○ちゃんは一人で座って」と言われたり、一人で座っているのにちょっかいを出してきてそれに乗ってしまったりというようなこともあります。
友達づくりが苦手で友達とうまく遊べないという悩みも多いです。これは時期が何となく分かれているようで
81)入学直後から、(2)3年生後半から、これは女の子がグループ化してきてそれまでは○○ちゃんと言ってきてくれたのが外されてきたという悩み、(3)5年生後半-6年生、この時期は健常児の子どもにソーシャルスキル(学習された対人行動)の向上が大きいので、対比して不安を感じるという悩みです。

悩みの中でもう一つの大きなものは学校の先生方との信頼関係です。これは学級での問題への対処(学習活動や友達関係)が先生の障害への理解度の違いによって全然違うということです。

● 思春期の問題
小さい頃問題があったけれど小学校時代は落ち着いていたというお子さんが、思春期になって睡眠障害、自律神経失調症などが出てきたというお話はよく聞きます。
スクールバス登校の場合、不登校はあまり起こらない現象だと思います。バンコクの日本人学校の場合も2200?2300人ほどの子どものうちで不登校のお子さんは、驚くほど少ないです。
小児神経科医によると、バスに乗って学校に着いてしまうと元気になってしまうので、スクールバス登校では不登校が起こりにくいとも言われています。その中でも起こる不登校は日本にいる時よりも深刻なケースなのでできるだけ早めに専門家に相談したほうがよいでしょう。

● 基本的な生活知識の習得
発展途上国は子ども(大人も)が一人あるいは友達同士で外出する機会が少ないので、日本にいたら自然に学ぶような「自転車に乗って出かける」「一人で買い物に行く」「公共交通機関を利用する」という習慣が身につかないものです。小学校高学年ぐらいになると、保護者からはハンディがあるのに社会一般の生活知識がわからなかったらどうしようという将来に向けての不安が出てきます。

● 帰国の時期
大多数は「小学校卒業」か「中学校卒業」を選択するようですが、帰る地域によっては、中学で戻っておかないと特別支援のある高校に入学できないというところもあったり、全く制限がない県もあったりするので、個々に帰国地の進路を事前に情報収集しておく必要があります。


4. 子供たちを支援するネットワークづくり

4-1 乳幼児を支援するネットワーク
対応が遅れる乳幼児への支援

深刻な問題としては海外で障害が分かった子ども達への支援という課題です。子どもの障害の発見が、日本より1年以上遅れるようです。

私が12年前にバンコクで出産した時は年間400人ほど出産しており、自然発生的には1年に一人くらい障害をもったお子さんが発生することになります。3年間の滞在中では重度の障害や深刻なケースが何件かありました。

バンコクにいると日本の定期的な発達検診(「6ヶ月」「1歳半」「3歳」の一斉検診)を一度も受診したことがないとか、発達検診のこと自体を知らないとかいうお母さんがいます。
バンコクではJOMF(海外邦人医療基金)の協力を得て日本人会と一緒に小児健診を行っています。

発達の問題で心配のあるお母さんはどうぞと伝えると、最初の年は大勢の参加があるものの、その後は年々参加者が減っていきます。これは一般のお母さんたちが「小児健診は問題のあるお子さんが行けばいいものなので自分の子どもは行く必要がない」という認識を持ってしまっているからだと思われます。このように自発的に参加を促す検診(小児健診)には限界があるようです。

日本の発達検診で「要観察」と言われていたものの、そのまま海外へ来てしまい、その後のフォローをしていないという人もかなりいます。「どうして相談しないのか」と尋ねても、「何となく」とか「お手伝いさんなどがいて手があるからやっていけている」とかいう返答が返ってきます。子どもの障害を指摘されても認めることができないという気持ちが背景にあります。

言葉の遅れなども「海外だから、遅めでも心配ない」、衝動的な行動があっても「元気が良すぎるだけ」「成長すれば自然に治ると言われた」と不安な気持ちを抑えているようです。発達専門医以外の小児科医や幼稚園の先生に「大丈夫」と言われると、その言葉を心の支えに、「ひたすら待つ」ことになりがちです。しばらく様子を見る期間が長いのです。その結果、日本にいたら1歳半検診で指摘されるものが「2歳半から3歳」、3歳児検診で指摘される問題が「4歳から6歳」の入学前にまでずれ込んでしまっています。


(提案)発達相談ネットワークの整備に向けて

(1) 妊産婦や乳幼児を連れていく家族には赴任前研修の時に乳幼児の発達検診の重要性を啓発してほしい(特に、発展途上国在住者)

(2)ことばの遅れへの対応(滲出性中耳炎の放置、難聴や発達障害の早期発見の重要性)

(3)乳幼児の発達検診(1歳半、3歳)受診義務化
  ・海外の医療機関で受診し問題があった場合は日本で再検査できる場所を紹介する
  ・JOMF(海外邦人医療基金)の小児健診のように日本の小児精神科医を派遣すると日本人の医師の説明には説得力がある。海外では日本の医師免許では医療行為はできないが相談は可能である(国によっては診断も可能)

(4)日本国内の児童相談所・療育センターの利用券(「すくすくパスポート(仮称)」の発行(全国の地方自治体で利用可能なもの)
  ・日本国内の母子保健などの行政サービス(原則として市区町村の事業)は住民票が必要なために海外在住者は原則として利用できない。日本国内の児童精神科医での診療は急に診てもらうことは不可能

・日本で療育体験ができれば「わが子ネットワーク」の土台にもなる

 


4-2 小中学生を支援するするネットワーク作り

ーバンコク日本人学校での取組みー
Group OZがバンコクで「小中学生を支援するネットワーク作り」をどのように行ってきたのかをお話します。
バンコク日本人学校では、平成14年度までは通級児童の受け入れを毎年見直すということになっていたので、通級児童の親は来年度どうなるのかが不明でとても不安でした。また「なかよし学級」在籍者の親は通級児童を増やすと「なかよし学級」在籍者が減るので先生の数の見直しをされる不安があります。実際にこの年までは子どもが「なかよし学級」に入れないので家族の帯同を諦めた家族もありました。
こうした現状を打開するためにGroup OZでは平成15年6月から何度も「学校への要望」について議論を重ね、平成16年2月9日にGroup OZから日本人学校学校長に下記のような要望書を提出しました。

(要望事項)
(1)「なかよし学級」の児童生徒が、人数の増減に左右されることなく、毎年度、希望する時間数分の授業を受けることができるような環境整備
(2)現在閉鎖されている中学部の「なかよし学級」の再開
(3)編入学希望者の受け入れ体制の拡充
(4)障害児と健常児が助け合い、ともに育ちあう場としての学校環境の整備
(5)ボランティアによる学習支援活動の導入


● なかよしボランティア

平成16年度に新しい校長先生を迎え、この年度から学習支援ボランティアの導入が決まり「なかよしボランティア」が始まりました。内容は作業学習「なかよしタイム」の中でのお手伝いに限られ、通級児童のクラスにもボランティア導入を望む母親の願いは認められませんでした。スタート当時のボランティアは、なかよし学級の保護者を中心にメンバーを募集し15名ほどでした。この年から初めて新年度保護者会(全体会)で、なかよし学級担任が学級を紹介し、子どもたちの紹介やボランティアが入ることを説明しました。
今後校長先生の異動などで「なかよしボランティア」の活動が取り止めにならないよう、学校側と話し合って平成17年10月に「なかよしボランティア会則」を以下のように明文化しました。

(なかよしボランティア会則)    
・特別支援学級・普通学級での学習支援活動や介助
・主役は、子どもと教師。ボランティアは補助
・児童・生徒のプライバシー厳重保護
・児童・生徒・保護者の特別支援教育に対する理解を推進する活動
・会員資格、会員の研修(年に1回は必ずグループ支援についての研修を受ける)も規定

ボランティアは紹介制とし、現在の登録者数(30名以上)は一般保護者のほうが「なかよし学級」保護者よりも多くなっています。平成18年度には介助ボランティア(普通学級での学習支援)が始まり、平成19年度からは専科の先生、担任、なかよしの先生たち教員同士の連携を強化したいということで情報交換の場として「学びの支援委員会」が設置されました。なかよし学級保護者とボランティアとの交流活動も始まっています。

 

無断のコピー・転載は固くお断りします。

@2007Group With

 

 

4-3  ネットワークづくりから発展して

活動を続けてきて難しかったことは、支援ネットワークづくりには複数の課題が絡み合っていて急には解決できないことです。

普通学級での支援に取り組んだ時は、いきなりクラスに保護者が入ることは難しく、学級のほかの保護者の理解が必要でした。同じ授業料を払っているのになぜ特別支援を必要とする子供だけが支援を受けることができるのか、というような意見もありました。

そのような中で「支援の必要な子どもが学びやすい」=「全ての子ども達が学びやすい」環境であることを、多くの教師と保護者が理解している学校環境づくりを進めました。
特別支援学級の保護者たちは、無理をいって(お願いして)子どもたちを入れてもらっているという意識が強く、遠慮がちでしたが、最近は普通に参加し付き合えるようになって自信を持って活動できるようになりました。

サポートが入ることで、今までただおとなしく座っていればよいと思われていた子どもたちが、先生の言っていることが分かるようになって変わり、学習へ積極的に取組むようになりました。先生たちにも子どもたちの変化が認められ、結果として教員の特別支援教育への理解を深めることにもなりました。
学内だけでは解決困難な問題もたくさんあり、ここにきて外部ネットワークの活用へと目が広がってきています。 


最後に・・・
「子どもの困っている気持ちに気づく」

海外で現地校やインターに入った時に、どの子も初めての授業で先生やクラスの子どもたちが話す言葉が分からず困ったこと、友達同士が楽しそうに話している時に、自分のほうを見て笑ったように思えて嫌な気持ちになったことがあると思いますが、特別支援の必要な子どもたちはそれが日本語で起こっているのです。友達になりたいとか勉強したいとか思っている気持ちに変わりはないのです。要支援の子どもたちも手がかかると言われますが、先生に認められたい気持ちは一緒です。そして怒られる時は年齢相応以上に怒られたりするのを見ていると、自分に自信を持てなければ、子どもたちは伸びることもできないと感じます。

今は海外に出る人が増えて海外での小中学生は5万9千人もいると言われていますが、日本国内には小中学生が1084万人いますから、海外に住む子どもたちは全体の0.54%程しかいないということになります。さらにその中でサポートが必要な子どもは約6%だと言われたら、それは全体の何%なのかということを考えると、サポートの必要な子どもたちは探し出すのが難しいと言われるのも分かります。しかしいるところにはたくさんいるという点も忘れてはならないことですし、必要なところに手を差し伸べることが大切だと思います。
人生を楽しく生きていきたいという気持ちは、どの子も同じです。無理に海外に連れて行かなくてもいいという選択もありますし、その子にとってその家族にとって何が一番よいのかということを多くの情報を集めて決めて頂ければと思います。

 

【質疑応答】

Q:「わが子ネットワーク」とはどういうものなのでしょうか?
A:「わが子ネットワーク」という言葉を作ったのは、わが子=その子だけの、その家族のための支援という方法を表したかったからです。
たとえば日本であればその子が通っていた療育センターの先生や主治医の先生がいらっしゃいますし、障害によってはその支援団体があります。そういったところのメンバーになって情報を集めるというかたちで、まず日本においてできる限りのことをしておくということです。海外に出てからネットワークを作りたいと思っても、現地にはそれらが初めからあるわけではないので作りたくても作れません。
日本の場合は公的に(支援が)必要だとなれば、市町村で対応するようになります。そうなると海外に出た家族は住民票がないのでその中に入らなくなってしまいます。渡航前に市町村で情報を集めた人は海外にきても強いしそれらネットワークを日本に持っていた人はぶれることがありません。
反面、海外で初めて障害が分かったお子さんの場合は何をどうしたらよいのかも分からない状況になりがちです。今一番の問題はわが子ネットワークを作れている親御さんとそうではない(情報を集められない)人の間でとても大きな差が出てしまっていることです。できれば日本の中でわが子の状態をよく分かってくれていて専門的な知識に基づいてアドバイスをしてくれる人を探しておくとよいということです。

Q:OZを立ち上げた時のお話で出たミーティングで2つのグループ(1歳前後と3歳から5歳)についてですが、特に3歳から5歳のお子さんの問題が深刻とのことでしたがそれは海外生活が長くて家庭での教育や生活が影響していたということなのでしょうか?
A:あの当時3歳児以上のグループでは、お子さんをインターに行かせていて、周りの同年代の子供たちに比べて言葉が遅いと不安に感じている方もいらっしゃいました。ただ、子どもたちを見ていると多くは行動面での問題が見られませんでした。そのなかで明らかに行動面でも問題があるというお子さんの問題が深刻でした。
自閉傾向にある子どもは連れてきた時(1歳半頃)はまだ気づかなかったものの、多動などの問題が2歳半から3歳頃に目立ってくるということもあります。5歳から6歳になって多動が大変なお子さんもいました。
言葉が出ていたのに話さなくなってしまったというケースも何件かありました。海外に出た時期と言葉が出なくなった時期が重なっていると「海外に出たからかな」と考えてしまう方へのケアが難しかったです。(注: 自閉症の場合、発語があったのに、ある時期から急速に話せなくなってしまうことがあります。)
海外生活で「言葉を育てたい」と思った時、 (子どもに) よくビデオを見せていることがあります。日本語のビデオを昼寝の時間にも流しているとか、早期の英語教育が好きな方は英語を家で流しているとかいうケースです。1歳くらいで言葉の心配をされて相談に来る方には、そういったことをしているなら止めた方がよいのではとまず伝えます。
バンコクの場合はメイドさんがいますので子どもはメイドさんに預けて親子で遊ぶことをしないケースがあります。その間親は習い事をしていることも多いので、できれば親子で遊ぶようにと話します。また発展途上国などでは子どもが多動で手がかかってもメイドさんに預けてしまえるからという問題もあるようです。

Q:バンコクのインターで2つほど特別支援教育をしているということでしたが具体的にお聞かせいただけますか?
A:1つはVillage Education Centerという名前でインターネットでも調べられます。初めてここができた時に見学に行きましたが欧米のお子さんは数人いたものの日本人のお子さんはいらっしゃいませんでした。開設当初は、多様な障害のお子さんを受け入れていく方針だったのですが、今は卒業資格(イギリスコースとアメリカコース)を取らせるということを売りにしているようです。現在は日本人の子どもは在籍していません。
もう1つはAcorns to Oaks Education CenterでこちらもインターネットでAcorns to Oaksと入れれば出てきます。こちらはSt.Andrewsというインターナショナルスクールと連携していると聞きましたが、特定の児童と連携しているのか学校がそういう制度を持っているのかは分かりません。
あとルワムルディー・インタナショナルスクールというところは、特別支援はやっていませんが軽度の障害のあるお子さんでも受け入れており、日本人のお子さんも何人か入ったことがあります。

Q:バンコクの日本人学校には特別支援学級があるとのことですが担当の先生はお一人なのでしょうか?
A:現在、担当者は全部で三人いらっしゃいます。担任の先生はお一人であとのお二人は専科の先生がお一人なのかお二人なのか分かりません。

Q:バンコクでこの学級に入りたいというニーズはあっても担当が3名ということなので入れないということもあるのでしょうか?
A:多分今編入したいと言っても入れないと思います。児童・生徒の入れ替え(帰ったり来たり)が激しく、今の時点ではウエイティングはいないかと思いますが、年によってはバンコクでも待ってもらうということはありましたし、帰国の人数を常に頭にいれていないと編入には答えられない状態です。

Q:シンガポールやマレーシアの学級についての情報は?
A:シンガポールは特別支援学級がとても有名だった時期もありました。ただ赴任していらっしゃる先生によって事情が変わり浮き沈みが激しいのです。今どんなことをやっているのかははっきりとは申し上げられませんが、何年か前は紀要でどのような授業をしているかを紹介された先生もいらっしゃいました。バンコクの場合でもそうですが、特別支援学級を整備すればするほど、入学希望者がどんどん増えてしまう。先生一人で子ども三人しか見られないという状況で、日本の公立校ように、先生や介助者を増やすことは、経費の問題もありできません。香港日本人学校はHPに特別支援学級があるということを載せていますが確実に入れるということは明記されていません。バンコクも掲載を検討したものの、希望者も多く、入学を確約できないため、掲載していません。

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