海外出向者とその家族のメンタルヘルス

フランス・パリの日本人会における2009年度・第1回理事会の講演の発表用資料として作成されたデータです。太田博昭先生のご承諾を得てここに掲載いたします。

講演/海外出向者とその家族のメンタルヘルス
日本人会・理事会 2009年1月26日


太田博昭

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1.1985年1月1日から2008年12月31日まで、24年間に取り扱った件数

2155件(男580/女1575) 27% / 73%
・ 9割以上がフランス、特にパリ首都圏だが、ドイツ、ベルギー、オランダなど他の欧州諸国、中近東やアフリカを含む西半球のケースが200件近く含まれている。
・女性が男性よりも2.7倍多い。96年までの683件の統計では2.5倍、
     99年までの1124件の統計では2.6倍なので、男女差は拡大傾向。

2. 2155件の内訳
留学・研修者とその家族... 529   24.5%
海外出向者とその家族.... 445   20.6%
国際カップルとその家族... 439   20.4%
分類不能者とその家族.... 248      11.5%
旅行者............ 38     6.4%
その他

・ 留学・研修生と家族、海外出向者と家族、国際カップルと家族が上位3グループ。以前は留学・研修生と家族が多かったが、後二者が増加して、差がなくなってきた。

・ 分類不能とは、渡航目的の曖昧な人々を指す。留学とは言いながらどの学校にも登録していない人々。バブルの頃に多かったのは、恋に破れてパリに来た。離婚の傷を癒すためにパリに来た。ちょっと住んでみたい。アンノン族・ミーハー族。

・分類不能で典型的なのは病的な渡航。出発前に日本で既に妄想状態。多いのは被害妄想、迫害妄想、血統妄想 (ナポレオン12世、フランス貴族の出)。この群が 11.5%、これが多いか少ないか、特に英国・ロンドンと比較したいが、統計資料がない。

 

3.海外出向者とその家族

  

 

 

本人

子ども

企業出向者

111

 

29%

 

165

 

43%

 

110

 

28%

 

386

 

100%

 

官公庁出向者

16

16

     8

40

国際公務員

14

     3

    2

 19

141

 

32%

 

184

 

41%

 

120

 

27%

 

445

 

100%

 

                                    

・総数445件であるが、増加傾向にある。特徴は、トータルでみると、出向者本人3割に対して、妻と子どもが約7割を占めること。これは、海外出向者のメンタルヘルスを考える場合、出向者本人よりも家族 (妻子) が大きな比重を占めること。
・官公庁出向者や国際公務員では、本人が女性の場合が多いため、妻の欄が少ない数字になっている。

4.海外出向者本人のメンタルトラブル
うつ状態・・・・・・・・・63(44.7%)
神経症性・不安緊張・・・・54(38.3%)
パーソナリティ障害・・・・ 9
急性精神病・心因反応・・・・6
アルコール症・・・・・・・・3
統合失調症・・・・・・・・・1
躁状態・・・・・・・・・・・1
その他・・・・・・・・・・・4
  計・・・・・・・・・・141(100%)

・うつ状態44.7%と神経症性・不安緊張状態38.3%の二つで全体141件の83%を占める。
・うつ状態は増加傾向にある。
・うつ状態には大きく分けて二種類あり、原因のはっきりしない内因性うつ(いわゆるうつ病)よりも、原因のはっきりしている反応性うつ状態の方が圧倒的に多い。

5.海外出向者の配偶者(妻)のメンタルトラブル
神経症性・不安緊張・・・・・・93(50.5%)
うつ状態・・・・・・・・・・・61(33.2%)
急性精神病・心因反応・・・・・13(7.1%)
統合失調症・・・・・・・・・・・7
パラノイア・・・・・・・・・・・3
パーソナリティ障害・・・・・・・2
アルコール症・・・・・・・・・・1
躁状態・・・・・・・・・・・・・1
その他・・・・・・・・・・・・・3
 計・・・・・・・・・・・・・ 184  100%

・神経症性・不安緊張状態がトップで約半数50.5%を占める。
・2番目のうつ状態は33.2%で、本人(夫)と有意の差がある。

 

6. 海外出向者の子どものメンタルトラブル
不安緊張(うつ)状態・・・・36(30.0%)
情緒行動障害・・・・・・・・22(18.3%)
学校その他の環境不適応・・・14(11.7%)
広汎性発達障害・・・・・・・11(9.2%)
言語発達障害・・・・・・・・7(5.8%)
境界例・・・・・・・・・・・ 7
心因反応 ・・・・・・・・・・5
社会的行為障害・・・・・・・ 4
チック症・・・・・・・・・・ 4
学習障害・・・・・・・・・・ 2
多動性障害・・・・・・・・・ 1
その他・・・・・・・・・・・ .7
計・・・・・・・・・・・・  120 100%

・子どもは17歳まで。18歳以上を成人として扱っている。
・不安緊張状態がトップだが、子どもの場合は、「うつ状態」は明確でない。うつ単独は少ない。
・広汎性発達障害とは、「自閉症」を含む発達障害グループで、近年、アスペルガー症候群が話題になっている。

7.海外出向者とその家族の日本における既往歴の有無

 

 

 

 

本人

子ども

通院

33

 

23.4%

 

44

 

23.9%

 

10

87

 

20%

 

入院

     0

    4

 

    1

   5

 

なし

 102

  128

   43

273

不明・その他

     6

    8

66

  80

  計

   141

 

100%

 

 184

 

100%

 

 120

 445

 

100%

 

 

 

   ・「子ども」の不明・その他は、内科や児童相談所で相談した、電話相談で相談した、市の福祉課で相談したなどを含む。

   ・子どもでは不明・その他が多すぎるので統計的意味がない。

   ・既往歴 (通院と入院の合計) は妻では48(26%)、本人・妻・子どもの合計では92(21%)であり、5件に1件が既往歴を持つ。

   ・出向者の選別の際、精神科の既往歴の有無が問題になるが、実際には「どのように治療されていたか」が重要。時間をかけたサイコセラピーやカウンセリングを受けたケースは非常にラッキー。薬を処方するだけの短時間治療という、日本の実情が問題。

 

8.海外出向者本人のメンタルトラブルの原因となる事柄
前任者との引継ぎの有無やその効果の程度
出向先における仕事のミスマッチの有無
就労時間や仕事上の拘束時間
職場の人間構成
上司や同僚との人間関係
現地スタッフとの人間関係
言語やコミュニケーションの能力
滞在先でのアクシデント
出向者本人のパーソナリティ
日本での既往歴の有無
配偶者や子どもの健康や適応状態
実家の人々との人間関係
配偶者の家族との人間関係
帰国後の不安

・接待・アテンドはバブルの頃と比べて減ってはきたが・・・
・仕事量の増大?過労というパーターンが多い。
・適材適所が指摘されて四半世紀。にも拘らず配属先とのミスマッチが多いのに驚かされる。出向者は自己努力で何とか処理しているものの、ひどく苦労している。
・上司からのモラルハラスメントが意外に多い。
・フランス語環境におけるフランス人部下とのストレス。
・通訳を付けてもらってはいるものの・・・

9. 海外出向者の妻のメンタルトラブルの原因となる事柄
日本で退職後の役割喪失感
現地での文化・社会適応
言語やコミュニケーション能力
滞在先でのアクシデント
日本での既往歴の有無
妻本人のパーソナリティ
育児や子育ての悩み
日本人主婦たちとの対人関係
他の日本人ママたちとの対人関係
夫不在による孤独感
夫の健康状態
夫の両親・家族との人間関係
実家の両親・家族との人間関係
帰国後の子育て不安
帰国後の生活についての不安

・人ごみが怖い、地下鉄・地下道が怖い?外出恐怖
・意地悪されている、人種偏見がある?被害者意識
・ふつう、これらは一時的な現象で、そのうち解消される。
・フランス生活の当初3〜4ヶ月の「立ち上げ期間」が問題。フランスの劣悪なサービスに対して、庶務課・秘書からのサポートがある場合はラッキー。ない場合、全て夫に「しわ寄せ」が来ると悲惨。
・セキュリティの問題。こそ泥、ひったくり、置き引き、スリなどに常に気を配らねばならないストレス。
・やっぱり日本はいい、という「偏見」とノスタルジー

 

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