海外子育ての準備や心構え

障がいを持つお子さんと海外で暮らす時の準備や心構え   
若松 文(グループOZ前代表、前日本支部代表)

 

(プロフィール)
上智大学大学院博士課程中退。教育学修士(生涯教育学専攻)。博士課程在学中、通産省系の財団で海外における滞在型余暇について調査する仕事に携わる。その後、夫の赴任に帯同し1995年3月から1998年3月、2003年4月から2006年10月の二回にわたりバンコクに滞在。3児(11歳、9歳、4歳)の母親。1997年7月、バンコクで子育てをしている母親達のために、子どもの発達について考えたり情報を交換したりする場を作ろうと Group OZ(「こどもの発達を考える会」)を立ち上げる。

 

特別寄稿 (2007年)

その1   乳幼児の場合
その2   小中学生の場合

* Group With 第六回メンタルヘルスセミナー(講師 若松文氏)も併せてご覧ください。

 

その1  乳幼児の場合

今から10年ほど前、海外への転勤に、障害を持つお子さんを連れて行くケースは、特別支援教育が充実している欧米諸国を除いて、ほとんど見られませんでした。当時、私が携わっていたバンコクでのサポート活動でも、現地で障害が分かった日本人家族へのケアが中心で、海外赴任予定者からの問い合わせはごくわずかでした。しかし、最近では、アジア地域への海外転勤に、障害を持つお子さんを連れて行くご家族が増えています。10年前であれば、単身赴任を選択する家族が圧倒的に多かったバンコクでも、お子さんを一緒に連れていけるかどうかという問い合わせや相談が、ここ数年で急増しています。

「子どもの将来を考えた時、今、受けている療育や教育を中断して、海外で暮らすことが、果たして、子どものためになるのか。」、「一緒に行くか、あるいは、家族だけ日本に残るのか。」これは、子どものいるご家族であれば、誰もが必ず経験する悩みだといえるでしょう。

子どもの特性は一人ひとり違います。滞在国も滞在年数も人それぞれです。同じお子さんであっても、今年は無理だけど、来年だったら行けるかもしれない、という判断ができるケースも少なくありません。
「海外では、こうすればよい。」という誰にでも当てはまる解決法は、ないのです。家族だけではなく、信頼のおける医師、学校の先生、療育の先生など、子どもをサポートしている方々の意見を総合して判断することが、何より大切だと思います。

(1) 何より大切なネットワークづくり

海外では、日本では当たり前に利用できる子どもの医療、教育、福祉の公的サービスが、国によっては、外国人はまったく利用できない場合もあります。特に、発展途上国に赴任される場合は、定期的に日本に帰って、療育相談や医師の診察を受けられるような環境を整えておくことを強くお薦めします。最近では、腎臓病や喘息といった長期治療が必要なお子さんを連れて赴任する場合と同様に、発達障害を持つお子さんの場合でも、経過観察のために、年に1度は公費で帰国できるよう会社と交渉して認められるケースが多くなってきました。

また、日本の主治医とは、不要と思われる検査を求められた場合や、日本では認可されていない新薬を勧められた時など、海外での診察で疑問に感じたことを相談できるようなネットワークを築いておくことが大切です。
特に、日本では市区町村が主体となっている福祉サービスについての情報を、海外で得ることは非常に難しいので、療育手帳や障害者年金などについては、社会福祉士などの専門員に、渡航前に相談しておくとよいでしょう。
 
(2) 小さいお子さんの場合

乳幼児期は、子どもの成長の土台を築く重要な時期です。また、療育を受けることで、子どもの能力が目に見えて伸びる時期でもあります。しかし、その一方で、行動上の問題や生活上の問題が、新たに次々と出てくる時期でもあります。言葉の発達が遅いお子さんの場合は、お子さんが成長するにつれて、ことばの発達への不安が高まっていきます。
乳幼児の場合は、継続的に、ある程度体系的な療育を受けられるような支援ネットワークを作ることが何より重要です。

もし、今までに、療育を受けたことがないのであれば、市区町村の発達相談でアドバイスをもらって、実施に療育を始めてみることをお薦めします。まず、「相談」や「療育」というものに、子どもも親も慣れておくことが大切です。

また、一時帰国の際に利用する療育機関や病院を確保します。例えば、一時帰国先がご実家である場合は、ご主人の赴任後に、実際に母子で実家に滞在して生活し、その地域の療育サービスを受けておくと、一時帰国時の生活のリズムを築きやすくなります。

ご主人が赴任されてから3ヶ月後ぐらいに家族が渡航することが多いので、一時帰国先で、3ヶ月ぐらいの期間でも、こうした療育に参加してみます。この時期に、支援ネットワークを作っていきましょう。

乳幼児の場合は、滞在国でも、定期的な療育を受けることが多いので、日本の療育との継続したプログラムが組んでもらえるよう、日本での療育の記録を作成してもらいます。福祉サービスを外国人が利用できない途上国では、現地での療育は、主に、外国人が利用する私立病院の付属施設で行なわれています。最初に医師の診断を受けるよう薦められることが多いですが、日本から医師の診断書を持参していれば、重複して検査を受ける必要はありません。

日本で順調に進んでいた療育が中断してしまうことを心配して、日本と同じペースで課題をこなしたいと焦ってしまう保護者の方も少なくありません。しかし、慣れ親しんだ先生や場所ではなく、しかも自分が理解できない言葉を話すスタッフに囲まれて療育を受けることは、子どもにとってはかなりの負担です。また、引っ越したばかりの新しい家では、やはり気持ちを落ち着かせることができません。海外での療育を始めるときは、「新しい環境に慣れる」が課題だと割り切って、最初の3ヶ月ぐらいは、ペースを半分から1/3ぐらいに落としてあげるようにしましょう。新しい環境で、子どもが笑顔で療育に取り組めるようになることが、何より大切です。

バンコクには、日本人幼稚園が多数あり、日本語での保育か可能となります。が、同じアジア地域でもマレーシアやシンガポールには日本人幼稚園の数は少なく、入園が難しいようです。

海外では、2歳児あるいは3歳児からの入園が一般的ですが、適切なソーシャルスキルを身につけてからの方が子どもも適応しやすく、また、入園許可も出やすくなります。

お子さんの障害に理解があり、受け入れてくれる幼稚園が見つかった場合でも、定員の関係ですぐに入園できないケースも多くみられます。しかし、海外の日本人社会は人の出入りが激しいので、ウェイティングリストに載せてもらえれば、入園できる可能性は高いといえるでしょう。もし、入園待機になった場合は、「それまでは、ソーシャルスキルのトレーニングによい期間」と捉えて待つという、心の切り替えも大切です。

この時期の言葉の発達の問題ついては、発語がない場合は、焦ることも多いですが、無理に言葉を言わせるようなことはかえって逆効果です。また、外国語で教育を受けることになった場合は、母語の発達についての不安が募りますので、こういう場合は、日本の療育の先生や言語療法士の先生に相談して、入園の準備を進めていきましょう。
次回は、小学生・中学生のお子さんの場合について取り上げます。

 

その2 小中学生の場合

小中学生のお子さんを連れて海外に赴任するご家族からの相談で、もっとも多いのは、やはり学校教育の問題です。この問題は、海外赴任が決まった時に、多かれ少なかれ、どのご家庭でも一度は必ず通る道といえるでしょう。
子どもの教育といえば、学力の問題に関心が向いてしまいがちですが、海外では、「一人で買い物をする」、「電車に乗る」といった、日本では日常生活のなかで自然と身に付く「生活力」の習得が難しいことも考慮しなければなりません。今回は、小中学生のお子さんを連れて海外で暮らすときの準備や心構えについて、詳しく取り上げてみたいと思います。

(1)学校を選ぶ?日本人学校かインターナショナルスクールや現地校か
「どの学校にするか。」という問題は、赴任地によって事情がまったく異なります。例えば、アメリカやヨーロッパ諸国では、日本人学校やインターナショナルスクールを選択するのではなく、多くは現地校への転入を検討することになるでしょう。「日本語で学ぶ」という点を重視した選択は難しくなります。それに対して、アジア地域では現地校という選択はあまりなく、日本人学校や私立のインターナショナルスクールを選ぶことになります。

どの学校を選ぶのか、という問題に対する答えは、お子さん一人一人の状態によって違ってきます。どの子にも当てはまる完璧に良い学校はありません。候補となる学校が複数ある場合は、学習内容や支援体制や通学条件など、いくつかの検討項目を比較して、全体として子どもにとってプラス面が多い学校を選ぶようにします。

(2) 日本人学校への転入学について

タイの場合、発達の問題を抱える小中学生のお子さんを連れて行くご家族のほとんどが、日本語の教育環境を重視して、日本人学校への転入学を希望されています。日本人学校は、文部科学省から教員が派遣されており、国内の公立校に準じた教育を行っています。
しかし、日本人学校は、あくまでも現地の法律に基づいて設立された私立学校であり、日本の義務教育機関ではありません。就学義務年齢にある日本人の子どもを無条件で受け入れる学校ではないことを、保護者は事前に理解しておかなければなりません。
また、日本国内の公立校で行なわれているさまざまな子どもへのサポート体制も、日本人学校には適応されません。例えば、介助員をつける、作業療法や理学療法の専門家と連携するといったサポートは難しい状況です。
特別支援学級を設置し、有資格者の教員が担任となっている日本人学校の数は世界中でもあまり多くありません。特別支援学級の定員は、子どもたちの抱える障害の程度によって変わってきますが、おおよその目安は、教員1人に対して、生徒が2?3名といったところです。
特別支援学級の定員に空きがなく、普通学級での学習が困難な場合など、現状の支援体制では受け入れが難しいと判断した場合に、転入学が認められないこともあります。
特に、学期途中からの転入の場合は、年度内の教員の増員は不可能であるため、受け入れが難しくなります。
このように、転入学が認められない場合もあるので、日本人学校への転入学を希望する場合は、転勤が決まった早い段階から、直接、現地の日本人学校と連絡を取り、入学相談を受けるようにしましょう。

なお、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症といった、いわゆる軽度発達障害を持つお子さんの場合は、日本で、普通学級での授業に参加していたのであれば、転入学が認められるケースが多いようです。転入直後で緊張が高い時期には、思いがけない問題行動が起きることがあります。特別支援学級での学習を希望しない場合であっても、学校での入学相談の際に、事前にお子さんの状況を先生方に説明しておくことをお薦めします。

(3)日本人学校以外への転入学について
赴任する国によって状況は異なりますが、ここでは、「日本語以外の言語を使って、学校教育を受けること」について、考えてみたいと思います。
私が暮らしていたタイのバンコクでは、ここ数年インターナショナルスクールが急激に増え、日本人学校ではなくインター校への転入学を検討する日本人家族も増えています。
現在のところ、タイでは、特別な教育支援を必要とするお子さんをインター校に入学させるケースは、あまり多くはありません。インター校への入学を決めたご家族は、
・タイに長期滞在(または、永住)する予定、あるいは、タイから日本以外の国へのスライド赴任の可能性が高い。
・国際結婚で、ご両親のどちらかが学校で使用する言語(英語やタイ語)に堪能である。
・子どもの言語力が比較的高い。
といった条件を満たしているケースが多いといえるでしょう。

特別な支援を必要とする場合は、学校との話し合いも多くなります。日本人のスタッフが常駐しているインター校もありますが、子どもの心情やお友達とのトラブルの経緯などを正確に説明するためには、保護者にも高い語学力が求められます。

バンコクでは、最近、タイ在留の外国人子女を対象に特別支援教育を行う教育機関も開設されています。インター校のなかには、特別支援の必要な子どもに対して、これらの教育機関への入学を勧めるケースが増えてきています。
あるいは、インター校に在籍しながら、ソーシャルスキル訓練などにこれらの教育機関を利用することも可能です。

これらの特別支援教育機関では、各国(アメリカ、イギリス、オーストラリアなど)の義務教育終了の資格試験に合格することを目的としたカリキュラムを組んでいるところもあります。比較的規模の小さい教育機関が多いのですが、子どもを通学させるにあたっては、「学校」として認可された教育機関であるのか、あるいは、「私塾」であるのか、という点は、事前に確認しておく必要があるでしょう。
もし、赴任先がアメリカ合衆国やヨーロッパ諸国である場合は、現地校への転入学という選択も考えられます。発展途上国とは異なり、これらの国では、現地の特別支援教育の公的なサービスを外国人が利用することも可能です。また、日本語で現地の特別支援教育について情報を提供している団体が活動している地域もあります。

インターネットが普及して、多くの情報が自宅にいながら入手できるようになっていますが、基本的にはネットの情報だけを頼りにするのではなく、自分自身で直接問い合わせて、情報の正確さを確認することが、何より大切です。

-おわりに-
小中学生にとって、転校という問題は、障害に関係なく、すべての子どもにとって大きな問題です。どの子も、新しい学校での勉強や友達づくりで、自分で自覚している以上に頑張ってしまいます。保護者も新しい生活環境に慣れるまで余裕がなく、子どもの発するシグナルに気づかないことがあります。もし、子どもの行動や心に何か問題があると感じたら、しばらく様子を見るのではなく、担任の先生やスクールカウンセラーに、早めに相談するようにしましょう。

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©2007 Group With

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