インタビュー 石井千賀子氏

2002年6月25日 (所属や肩書等は当時のものです)

家族療法セラピスト石井千賀子先生にお話しを伺いました。

場所:TELL(東京英語いのちの電話)コミュニティ・カウンセリング・サービスにて 取材:Group With

 

石井千賀子氏プロフィール
TELL(東京英語いのちの電話)コミュニティー・カウンセリング・サービスにて異文化カウンセラーを、ルーテル学院大学にて非常勤講師を務める。  60年代に交換留学生として、70年代及び90年代に夫の赴任に伴い、計11年間アメリカ東部および中西部に暮らす。バトラー大学大学院修士課程卒業(夫婦家族療法専攻)。共著に『インディアナ教育ガイドブック』、『良い相談相手になるために』、「講座現代キリスト教カウンセリングー『家庭生活とカウンセリング』」、「精神保健実践講座6『精神保健と家族問題』」、共訳に『家族療法と家族療法家』がある。息子二人は海外成長日本人(帰国生)。 

 

「異文化生活と家族のあり方 心のケアと家族の役割について」 

Q: 子どもが異文化に適応するために、渡航前、滞在中、帰国後、家庭でどのようにサポートすればよいでしょうか。

親の赴任に伴って海外に行く場合、留学と異なり、子どもの意志に反して連れて行かれる、あるいは帰国させられることもあります。渡航前も滞在中も帰国後も、親と子どもの間にコミュニケーションがあること-「共感的に」-がポイントとなります。
海外では、子どもが不満を口にしても、すぐ親が解決してあげられないことが多いものです。しかしそのような状況のなかであっても、子どもが不満などの気持ちを表現できることが第一。たとえば、「日本にいた時のような仲良しができない」と、子どもから言われても、親として実際には何もしてあげられないかもしれない。それでも、子どもが訴えていることに、説教せずに耳を傾けていくと、こどものなかに不思議な現象が起こります。自分の大変さを分かってもらえたという体験をすると、子どものエネルギーは充電されて、その子なりの問題解決をみつけるのです。たとえば「仲良しがいないけれど、今どのようにして遊ぼうか」と。異文化適応のためには渡航前、滞在中、帰国後のいずれの時も、親子が話し合いのできる雰囲気を作るのが最大のサポートと言えます。

Q: 比較的幼い子どもの場合、自分の抱えたストレスやつらい思いを言葉に出してうまく言えないのではないかと思うのですが、そういう場合はどう対応したらいいのでしょうか。


言葉で分かりやすく表現することは、幼児に限らず、ティーンエージャーにもむずかしいことでしょう。機嫌が悪かったり、突っかかってきたり、けんかが多くなったり、「あら?」と思う時には、子どもが言葉に出してうまく言えずに、体でSOSを発しているのです。体で表現しながら訴えている子どもの目線に合わせて「イヤなことがあったのかな?」と気持ちをくむと機嫌が直ることがあります。泣く乳児に対して、私たちはお腹がすいているかおむつが濡れているかと、赤ちゃんの訴えていることを読み取ろうと努力しますね。それと基本的には同じ対応が、言葉を覚えた3才の子どもでも、10才の子どもでも、異文化のなかでストレスを感じる家族に求められているのではないでしょうか。
 
Q: 日本であれば黙って見守り、本人の解決能力に任せてということでも、海外に出て異文化の中で生活した場合、きちんと悩みを聞いてそれをひとつひとつ解決していってあげなければと思いがちです。


日本にいる時と比較すると、親が子どもに教えたり、解決方法を提示したりする必要が増えますね。その時どのように親の考えを提示することが、子どものやる気につながるでしょうか。どんなによい意見も泥沼のなかであがいている相手には入りません。子どもが泥沼からはい上がるのを手助けしてからならば、相手の耳に入る可能性は大きくなります。子どもが急に黙り込んだり、反発しているのが、泥沼であがいているサインと感じたら、子どもの気持ちをくみ取りながら、親の意見を伝えることを繰り返していくことが大切です。ある高校生が親の海外赴任に同行するかどうか決めるに当たって、このやりとりのプロセスを親子で一ヶ月も繰り返したケースがあります。親の意見を伝えながらも、子どもの戸惑う気持ちを受けとめていくコミュニケーションのキャッチボールを繰り返したところ、子どもは感情的にならずに自分の状況を様々な角度から考えて、結論を出し、海外での困難に自分から直面していったそうです。泥沼からはい上がるのを手助けしたことで、親の意見も客観的に聞き、自分なりの決断をしたことが、困難を乗り越えていく力の源になったのでしょう。
もちろん緊急性が高い状況の時には、子どものペースにつきあうことが無理な時もありますが、その事情を説明した上で親が答えを提示して子どもの理解を得るのも、一つの方法でしょう。しかし親に余裕がある時には、是非トライしていただきたい。海外では親もストレスが多い生活なので、共感的に受けとめる方法を身につけると、親も無理をしないでいられるというボーナスがつきます。

Q: 不慣れな海外では、母親も自分のことで精一杯という場合があります。母子で問題を抱えた場合、共倒れになるような深刻な場合もあるのではないでしょうか。


海外では、親のほうも現地の状況が分かりにくい中で悩んだり、日本人のコミュニティが近くにあればそれがまた負担になったりと、ストレスが多い生活のなかで、親自身に余裕がない場合がありますね。そんな時無理をして平静さを繕っていると、子どもは親が意図しない学習をしてしまい、困った時に一人で悩みを抱えてしまったり、あるいは親が口にしないけれど親の大変さを察して気を遣う役割をとることがあります。親が疲れて余裕がない時には、言わずに無理をしているより、「今日は疲れちゃって・・・」などと率直な自分をオープンにする方が、無理の少ない解決を探る道に進むことができるのではないでしょうか。相手を思いやって自分を出さない方が、将来子どもが人間関係に悩む結果を招く場合があります。
 
Q: さらけ出していいのですか。


困難はその存在を認めないと、乗り越える手だては見つかりません。否認している限り問題解決への道は遠のいてしまいます。どの程度子どもに伝えるか、どのタイミングで語ることが効果的かについては、個々の状況のなかで親が選択する必要はあります。しかし無理にガードして仮面をかぶって「お母さんはうまくやっているのだから、あなたも頑張りなさい」と言っても、それは子どもに見え見えだと私は思います。母親自身も「引っ越して来てすぐには、仲良しがいなくて困った」などと自分を率直に語っていくうちに、「日本にいた時と同じような友達はできないけれど、寂しく感じる時にはこんな風に過ごしている」と、今の状況のなかですでに問題解決への道の一歩目を踏み出していることに親自身が気づいていきます。
このように親が問題に取り組んでいるモデルを示すと、子どもも大変な状況を親に語っていくなかで、「今日授業で先生の言うことが分からなかったんだけれど、こんなふうにお隣りの子がしているのをまねてみたんだ」などと自分の経験をしたことの中から、問題解決につながったかなと思える自分の言動を意識することができ、問題解決能力をはぐくむことができます。
親が自分のつらい過程を隠さないことが、子どもも無理をせずに現実的な問題解決を探り、自分なりの答えを見つけていくことのモデルとなりますね。
 
Q: 親は子どもに安心感を与えようと、困っていることを隠そうとしてしまいがちですが。


自分が困っているのを隠すのは、こんな自分ではいけないと思っている時に起こるのではないでしょうか。自分自身に厳しいと子どもにも厳しくなります。逆に「環境が変わったのだから、親である自分もこんなに大変なんだ。それは恥ずかしいことではなく、自然なこと」と、自分を受け入れていくと、子どもが大変なのも理解できます。困っている子どもを受け入れた上で、子どもがその中でどんな風に努力しているのかを引き出していける余裕がでてきます。大変な中で、自分なりに答えを見つけていくのを親子でまた夫婦でサポートしあうことはすばらしいことです。
 
Q:海外生活を送る中で家族の一人(特に子ども)に何らかの問題が生じた場合、家族のほかのメンバーは問題解決に向けてどのように関わっていけばいいのでしょうか。


家族が揃って海外に出た場合でも、その状況をきつく感じる子どもと、あまりきつさを感じずにうまくやっていく子どもがいることがあります。「子どもの努力が足りない」という見方で手助けをしても問題解決が進まない時には、家族療法の視点を取り入れて、「異文化に接して家族システム全体に負荷が大きくかかり、その結果あの子どもの不適応という形のSOSが出ている」という見方をすることができます。
たとえば補習校の勉強をしない次女のことで、毎週金曜日の夜になって家中が大騒ぎになり、困り果てている家族がいました。長女は今まで順調にきているので次女もやればできるはずだが、いっこうにしないと言う。「現地校の勉強だけでは、帰国した時あなたが困るのよ。」と母親が大声で言っても、次女がテレビを見ていて、いつまでも勉強しない状況が続いていました。この状況を家族システムの視点から眺めると、母親が大声で怒るという関わり方が問題を膠着させているという見方もできるでしょう。あるいは姉との関係が作用している場合もあるでしょう。いずれにしても、犯人探しをする代わりに、家族システムの中の一人が今までと異なった動きを起こしてみると、システム全体に異なった揺れが波及していき、問題が解決されることができます。
この家族では、母親が、金曜日の夜テレビの前から動かない次女のそばへ行って「いつまでそんなところにいるの」と声をかけていましたが、それをやめて、席を変えて子どもの様子が直接見えない角度の所に本を広げて座り、「わからないところがあったら聞いてね」と落ち着いた言い方に変えたそうです。すると次女が大声を出すことがなくなっただけでなく、長女と次女の仲も数ヶ月のうちに変わってきたそうです。父親が次女に向ける視線もいつの間にか変わっていき、家の雰囲気が明るくなったと感じた頃、次女は自分から補習校の勉強を広げるようになったとのことでした。母親が期待するような点数は取ってこないが、次女が自分からするようになったので、あまり先のことを心配せずにいられるようになったとのことです。
子どもの問題行動に関連している家族全員にスポットライトを当ててみると、新たな解決への糸口が見えて来るでしょう。
 
Q: 父親の関わり、役割についておうかがいしたいのですが。家族の中での母親とのバランスの取り方、役割の違いは。父親に求められるものとは。


海外では祖父母や親戚と距離ができるため、核家族のチームワークを改善する絶好のチャンスです。言葉や交通事情の違いで父親の出番がふえてきます。その時父親が家族の中でどう関わるか、あるいは父親にどう参加してもらうかを考えるポイントは、無理のない動きをとることです。するとシステムは新たなバランスのとれた家族関係へと連動していく習性があります。
先に挙げた次女の補習校の勉強のことで金曜になると騒動が起こっている事例を用いて、父親がどのように変化を創り出すことができるか考えてみましょう。
家族4人の現状と父親の新たな動きを見つけるために、家族造形法と呼ばれる方法を用いて、包括的に家族の関係をイメージしてみます。まずこの4人の現在の関係を描くと、問題を起こしている次女が一人孤立していて、その次女から少し距離をおいて真向かいに立つ母親、母親のそばに母を支えるように手を添える長女、3人から離れて外を向く父親が見えてきます。ではこの結びつきのなかで父親が新たにどのような動きをとることができるでしょうか。たとえば父親が向きを変えて家族の方にステップをとると、家族関係のどこが連動して変わるでしょうか。父親が近づいて来ると、夫婦が近づくかもしれません。あるいは次女にアプローチするでしょうか。そのいずれの場合でも、いがみ合うように真向かいに立っていた母親と、次女の関係に揺れが起きてくるでしょう。この事例では母親と次女の間にあった糸がピンと張られたような緊張関係が、父親の新たな動きによって、ゆるみがでてくるのを垣間見ました。
夫婦の連係が子ども世代の健全な動きと関係があると言われます。新たなチームワークの動きは、海外滞在中だけでなく、帰国後の変化を乗り越えるときにも大きく作用することでしょう。

Q: 渡航前、そして帰国前に家族としてどのうに心の準備をしたら良いのか。アドバイス、留意点があれば教えてください。


帰国後の再適応と、子どもとコミュニケーションを充分とることに関連があることとが最近の調査研究の結果で認められました。帰国子女研究会が平成9年に三菱財団の援助を得て「帰国子女の日本文化への再適応過程および精神保健に関する調査研究」を高校生から成人までの帰国子女に行いましたが、その結果に明確に出ています。
渡航前、海外滞在中、および帰国前に、不安や不満を感じた時、親に話すことができた帰国子女は、再適応において困難度が低いという結果がでました。詳細は今年8月に出版されたInternational Journal of Intercultural Relations誌に掲載された論文「The Japanese returnee experience: factors that affect reentry(帰国と再適応の過程で?海外成長日本人の心理的・社会的体験とその要因)」に掲載されています。私も研究チームの一員として携わりましたが、帰国後の受け入れ校の体制など外的な要因だけでなく、親の関わり方が、帰国してからの再適応度と大きく関連しているということは、子どもに対して家族ができることがあるという意味で朗報だと思います。

                                                                           (Group WIth  2002年インタビュー)

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