インタビュー 田尻由紀氏

 

2015年2月26日 (所属や肩書等は当時のものです)

フランスのパリで発達障害児と家族を支える会「でこぽんクラブ」のボランティア相談員をされていた田尻由紀さんにお話しを伺いました。

場所 筑波大学附属大塚特別支援学校にて 取材:Group With

( 田尻 由起さんプロフィール )
臨床発達心理士、筑波大学附属大塚特別支援学校勤務
短期大学で幼児教育、大学で心理学を学んだ後、東京学芸大学大学院教育学研究科にて幼児教育分野を専攻する。おもに乳幼児期の発達心理学、発達臨床学、子育て子育ち支援を専門とする臨床発達心理士(登録番号第02045号)。2008年まで児童指導員、2011年3月まで保健センターにて心理発達相談員として勤務。2013年春、フランスの心理士の国家資格を取得。2013年夏帰国後、現職。また都内保健センターにて心理発達相談員としても勤務。

 


発達障害児と家族を支える会in フランス (Association pour Soutien Autisme et Ted Franco-Japonais: A.S.A.T.F.J)
フランスのパリで活動する『発達障害児と家族を支える会in フランス(A.S.A.T.F.J)』通称「でこぽんクラブ」(以下「でこぽんクラブ」)は、専門的な資格を持つボランティアスタッフによって運営され、在フランス邦人の「発達に課題を持つお子さんとそのご家族」をサポートしています。

 

今回は発足当時からのサポートメンバーである田尻由起さんに会の活動とフランスでの子育てについてお話を伺いました。田尻由起さんは 2008年から2009年まで(ワーキングホリデービザ)と2011年から2013年まで(コンペタンスエタロンビザ:能力才能ビザ)の計3年間、パリに滞在し、日系託児所に勤務しながら「でこぽんクラブ」にボランティアの相談員として参加、また個人で心理発達相談を受けていました。帰国後は筑波大学附属大塚特別支援学校に勤務しながらサポートを続けています。

 

(以下の内容は田尻先生のインタビューをもとにGroup Withがまとめたものです。文責 Group With)


でこぽんクラブの活動について
1.概要


「でこぽんクラブ」は2011年に代表の折口志都さんが設立した邦人向け非営利会員制のアソシエーションである。主にパリ市内、郊外に住む「発達に課題を持つ乳幼児期のお子さんとその家族」を対象にしているが、子育てに悩みを抱える母親も支援している。主な活動に日本人会における「子ども発達相談」、「グループ療育」、医療機関や教育機関などの付き添い、教員への講習会などがある。


2.スタッフ

スタッフは、専門資格保有のボランティアスタッフで構成され日本の子育て支援や学校教育に詳しいスタッフだけではなく、現地の事情に詳しい永住スタッフもいるため、日系の学校や日本の現状と、現地の小学校、中学校、高校などの大きなお子さんやその家族両者の相談に応じている。


3.主な活動

<子ども発達相談>
日本人会の子ども発達相談会は、完全予約制で毎月第1,3土曜日に行われている。パリに一時滞在する臨床心理士、臨床発達心理士、学校心理士、現地の心理士などが相談員を務め、相談は無料で初回は面会を行い、継続相談を希望される場合は応相談となっている。なお、渡仏前に日本からの事前相談も受け付ける。相談件数は三年間で50組程である。
ボランティアスタッフだけではなく、パリ在住の精神科医太田博昭氏が顧問となり定期的に事例検討会を開いている。

<グループ療育>
グループ療育は、発達につまずきや偏り、課題がある乳幼児が楽しく学べる場として2012年に開始。スタッフには保育士、特別支援学校教諭の免許を持つ教員、保健師、理学療法士などがおり、様々な専門職の協力のもと完全日本語で行っている。(3歳から7歳児、4人〜7人、これまでのべ15組程)

以上2つの活動が基盤になっているが、そのほか近年では、二年前からは JOMF海外巡回相談の受け入れも行っている。巡回健診は、日本の最先端医療の場にいる歯科医、小児科医に、日本語で発達について診てもらえるので大変有用である。2014年には歯科70名、小児科12名の子ども達を無料で診てもらった。その場限りにならないように、日本の医師の見解を受けて現地フランスでできる療育、医療にどう橋渡しができるか、医療制度、学校制度、療育環境に合わせてフォローをどれだけできるか、それらが受け入れ側である私たちに求められていることだと考えている。


4.課題

ボランティアメンバーのほとんどは専門職としての本業を持っている。滞在期間に限りがあるので、人材の確保、組織運営の継続性が今後の課題である。現在はグループ療育に欠かせない発達アセスメントをする専門家がスタッフにいないのが課題になっている。(田尻先生が)日本からサポートしたり一時渡仏時にアセスメントをしているが、現地でも太田博昭精神科医、代表の折口さんがサポートしている。


フランスでの子育て

フランスに住む日本人の居住スタイル、家族の構成は多様である。企業公官庁等からの赴任者の年齢が若くなっているため、駐在家庭は小さいお子さんが多く、現地出産も増加傾向にある。初めての子育て、しかも海外での子育てという環境は、子育てを教えてくれたり助けてくれたりする人が周りにいない為、子どもの育て方、しつけの仕方、遊び方がわからない、というお母さんも少なくない。現地の日本人コミュニティに上手に入り込めず、孤立していってしまう人もいる。

また、現地のフランス人やその他の国籍の人とのカップルの子育てでは離乳時期、就園の時期、食事の習慣などの違いで悩むことが多い。文化的、教育的な背景が異なるので、現地の保健師やパートナーやその義両親のアドバイスに迷うこともある。日仏カップルの子どもたちはパリ近郊に数多くある日本語補習校に通ったり、日系幼稚園、託児所等に通ったりする子どもが多いため、発達に課題がある子どもについてはそれらと連携しながらサポートしている。

いずれのケースもそれぞれに応じたサポートを考えフォローしている。子育てをしている本人(親)と言語、文化を共有している専門家の必要性を感じる。

 

フランスでの療育


乳幼児の段階で発達障害のある子どもが公立幼稚園に通う場合は補助の人をつけてくれる。補助の人を頼むためには専門機関への登録が必要になるが、その申請はフランス語でしなければならないのでハードルが高く、実際に補助を受けるのはなかなか難しい。ほとんどの日本人の子どもは幾つかある日系幼稚園の中で(障害児を)受け入れてくれる園に通っていることが多い。


学齢期においては、パリ日本人学校では取り出し個別指導をしている。でこぽん代表の折口さんは日本人学校で介助ボランティアをしている。ただし私立学校のため事情によって対応が変わったり、また教員は日本からの派遣のため、受け入れに関しては一定ではない。(詳細は日仏文化学院パリ日本人学校へお問い合わせください)。

フランスの発達障害に関しての特別支援教育は、日本のそれとは違い、現地校では通常学級と同じカリキュラムで学習進度が遅いという程度である。学級内の環境整備についても日本ほど特別なものはない。発達障害という言葉自体がフランスではほとんど浸透していない、いろいろな子どもがいていいのではないか、という考え方である。一方、重度障害、ダウン症については手厚いサポートがある。

日・仏カップルなどフランス語が堪能で長期にわたって現地に住んでいる子ども以外は、数年のうちに日本に帰国するので療育は日本語で受けていることが多いが、特に乳幼児期の療育において使用言語がそれほど影響することはないと考えている。「フランス語だから意味がない」と思うのではなく、「言葉がわからなくても、練習する場がある」ことが大切であり、やれることはたくさんある。

またこういったフランスの医療療育機関を利用したいと思った場合で、インテーク(初回面接)などに通訳が必要な時には「でこぽんクラブ」のスタッフが通訳として付き添うことも可能である。


フランスでは行政への手続き一つにも時間がかかり、障害を持つお子さんの子育ては大変な面がある一方で、(障害に対しての)許容性もある。色々な子どもがいてもいいという考え方だろう。

 

発達障害児を伴う渡航時、帰国時のアドバイス

・渡航時に用意したほうがいいもの

母子手帳、ワクチン記録、日本での療育機関の書類、発達検査の結果(英語で翻訳したものがよい)、療育履歴が分かる移行支援シート(発達検査、経歴、過去の療育が記したもの)など


・帰国時 

(田尻先生の帰国後は)日本側の受け入れについてサポートをしているが、その場合は必ず行政とつなぐようにしている。先ずは地方自治体の窓口(保健師、保健センター、保健所、区の子育て支援課・こども課など)に行くようアドバイスしている。地域としっかり繋ぐことが大切だと思っている。


特に現地で出産子育てした方は、(一時)帰国する際に、日本でも一歳半健診、三歳児健診・歯科健診などを受けるようにしてもらいたい。駐在でフランスに滞在している方にも、国際カップルの方にもおすすめしている。


一歳半健診は一歳半になった日から二歳になる前日まで、三歳児健診は三歳になった日から四歳になる前日まで受けられる自治体が多い。一時帰国時で住民票がなくても、日本での滞在先住所(問診票を受け取り連絡がとれることのできる住所)があり、日本国籍があれば乳幼児健診を受けることができる可能性があるが、自治体によって健診の実施方法にばらつきもあるので問い合わせることが必要。住民票や国民健康保険加入がないと受けられないと言われる場合もあるが、あきらめずに何度か問い合わせしてみることを勧める。


小児科で主として身体的な発達状態を個別で診てもらうのと違い、保健センターなどで行う集団健診ではコミュニケーション能力や社会性など発達的な視点も診てもらえる。同月齢の子どもが多く集まるので、発達について客観的に見て、気づいたりすることもある。またその後のフォローについても日本語・日本文化の中で一緒に考えてくれる。海外ではあまり集団健診がないので一時帰国などの機会を利用して是非受けるように勧めている。(歯科も)


本帰国に際しては帰国後に住む地域によって行政サービスが異なるので、海外からその自治体の窓口に直接電話をかけたり、インターネットで情報収集したり事前準備が重要である。父親が本帰国前の日本出張の折に、帰国後の住まいを決める為に幾つかの市区町村の行政サービスを調べてきてもらうのも良い。事前の準備で帰国後の手続きが楽になる。

相談窓口としては、東京学芸大学附属特別支援学校相談部、各自治体の保健センター、子育て支援課、教育センター、障害福祉課など。

 

最後に・・・


国、企業にサポートの在り方として望みたいのは、発達障害に詳しい専門職を海外の幾つかの拠点に派遣して欲しいということである。親自身と同じ文化・言語を持つ専門家が悩みを共有しサポートすることが必要である。


また海外で子育てをしているご家族に伝えたいことは、子どもの発達に障害があると確定したり可能性が少しでもあったりした場合には最後の手段として「帰国する」という選択肢もあるということである。現地での療育に難しさを感じる場合にはとりあえず母子だけでも一時帰国し、必要に応じた検査をしてもらい、必要なサポートを親が理解してからフランスに戻ることもできるということを伝えている。

フランスでは医療にかかる際に手間も時間も心労もかかる。言葉の問題もある。また医療機関の診断書がないと治療が先に進まないので、日本でできることは全て済ませてきて欲しい。子どもを海外に帯同する時も同様に今後の治療やサポートについて必要なものがあれば全て準備していくことが必要である。それでも本当に現地で行き詰った時は、子どもと母親が日本に帰国し、休暇時にフランスへ会いにくる、ということもできる。頑張りすぎないことも大事だと思う。

家族として、今後の育児や教育の方針をよくパートナーと話し合い、それぞれの家族に合った生活スタイルを見つけることが大切である。

 

無断のコピー・転載は固くお断りします。

© 2015 Group With