子育ての準備や心構え

シンガポールの特別支援に関する現状報告(2022年6月1日報告)


西河彩恵子(シンガポール 在住 臨床心理士・公認心理師)
谷口かおり(シンガポール元在住 臨床心理士・公認心理師)
長谷川麻衣(シンガポール元在住 臨床心理士・公認心理師)

 

 1.学校事情

Q1. 子どもをシンガポールのローカルスクール(公立学校)に通わせることはできますか?

シンガポールでは、外国籍の保護者の子どもにシンガポールの教育を受けさせる義務がありません。公立のローカルスクールに入学を希望することはできますが、入学するためには一定の条件の審査(永住権や滞在ビザの種類など)・学力試験(小1での入学を除く)に合格しなければなりません。また,入学後は日本語の翻訳・通訳のサポートもありません。

<ローカルスクール>
シンガポールのローカルスクールでは、日本で推奨されている、「障害のある児童生徒と障害のない児童生徒が共に学ぶ特別支援教育のインクルーシブ教育システム」は採用されていません。「軽度であれば、通常学級で少し支援を受けられる」とMOE(Ministry of Education、文部科学省に当たるシンガポールの政府機関)のウェブサイトに記載がありますが、通常のローカルスクールには、特別支援学級(注1)はなく、日本の通級指導教室(特別支援教室など、自治体によって名称が異なります)(注2)のようなシステムしかありません。

(注1)
小学校、中学校等において以下に示す障害のある児童生徒に対し、障害による学習上又は生活上の困難を克服するために設置される学級
(注2)
小学校、中学校、高等学校等において、通常の学級に在籍し、通常の学級での学習におおむね参加でき、一部特別な指導を必要とする児童生徒に対して、障害に応じた特別の指導を行う指導形態

<ローカル特別支援学校>
障害をもつ子どもは、障害の種別・程度により入学対象となる学校が分かれており、入学するためには上記の通り、審査(永住権や滞在ビザの種類など)を受けなければなりません。

以上のことから、シンガポール国籍や永住権を持たない日本人の保護者をもち、日本語のみを話す特別支援教育が必要な子どもにとってはローカルスクールを選択することは、なかなか難しい状況にあるのではとないかと思われます。

 

Q2. ローカルスクールが難しいとなると、子どもたちはどこの学校に通うのですか?

<日本人を対象とした学校>
シンガポールには、日本人を対象とした学校があります。小学校はシンガポール日本人学校(注3)小学部(チャンギ校・クレメンティ校の2校)、中学校はシンガポール日本人学校中学部、高校は私立の早稲田大学系属早稲田渋谷シンガポール校があります。

(注3)
日本人学校とは、日本国内の学校と同等の教育を行うことを目的とし、原則、日本国内の学習指導要領に基づき、教科書も日本(国内)で使用されているものが用いられている学校のこと

<シンガポール日本人学校における、特別支援が必要な子どもへの教育>
シンガポール日本人学校小学部2校には特別支援学級・通級指導教室があります。シンガポール国籍や永住権を持たない日本人の保護者をもち、日本語のみを話す特別支援教育が必要な子どもは、日本人学校を選択される方が多い印象です。その背景には、たとえば,子どもの中には環境の変化への適応が難しい、他言語環境よりも日本語環境の方が望ましいなど、子どもの特性上の理由もあるように思います。

また、シンガポール日本人学校は、2022年現時点で、小学部にしか特別支援学級・通級指導教室がありません。そのため、小学部卒業時点で母子のみでやむなく帰国する、インターナショナルスクールに進学したものの適応に悩む、中学進学の確実性を考えて特別支援を受けるかどうかを悩むという現状があるようです。

日本人学校は、一般に、現地の法律に基づき、その地域の日本人コミュニティ代表者からなる運営委員会(理事会)によって設立される私立の学校です。そのため、特別支援学級・通級指導教室の開設などは、日本と同じようにはいかないという事情があります。そのような現実はあるものの、社会の受け入れ先が非常に限られる不安定な環境下で、子育てをなさる保護者の方達、学校生活を送る子ども達の苦労はどれほどかと私たちも胸を痛めております。


Q3. シンガポールにはインターナショナルスクールが多くありますが、特別支援教育をしているインターナショナルスクールはありますか?

はい、特別支援教育があるインターナショナルスクール・プライベートスクールがいくつかあります。他にもあるかもしれませんが、私達が知っているスクールを下記に挙げます。

・IIS https://iis.edu.sg/
・Winstedt https://www.winstedt.edu.sg/
・Genesis https://www.genesisschool.com.sg/
・Saintclare https://www.saintclare.com.sg/
・Melbourne https://msis.edu.sg/
・Dover Court International school nordangliaeducation.com

インターナショナルスクール・プライベートスクールの中には、受け入れ可能な子どもの能力に一定の条件がある、定員数が限られていてなかなか入れない、学費が高額といったこともあります。詳細につきましては、直接、各スクールにお問い合わせください。

 

2.幼稚園事情

Q4. 未就学児の教育事情について教えて下さい。

シンガポールには、日系幼稚園が複数あります。
障害を持った未就学児も受け入れている日系幼稚園の一つに、Eis International preschool(以下、Eis)があります。Eisは、シンガポールに3園ある日系のバイリンガル幼稚園です。シンガポールで長年、教育に携わり、子どもへの深い愛情をお持ちで保護者からの信頼も厚いEisの峯村園長先生にお話を伺ってきました。

<Eis 峯村園長先生へのインタビュー>
―Eisさんの園で大切にされている教育方針について教えて頂きたいです。
「子どもたちの今と未来を幸せにする」というのが大きなテーマです。今がずっと続いたのが未来に繋がっていくという考え方なので、「今も未来も幸せにならなきゃだめ」。「今が楽しくて未来が不幸になるようなこともだめ」だし、今と未来をどうやったら幸せにできていくかっていうのが大きなテーマです。
 その中で、幸せっていったい何なんだろう?って考えたときに、「やってみたいなエネルギー」、すなわち自分からやってみたい、おもしろそう、どうなるんだろうっていう、そういうエネルギーを大きくしていくことが一番大切なことだと考えます。「やってみたいなエネルギー」を大きくするためには、自信と安心、あと安心の中に「あなたはとっても大切で価値のある、とっても素晴らしい人間なんだよ。だから大丈夫」っていうエネルギーと「あなたの未来は輝いているから大丈夫なんだよ。うれしいこと、楽しことはいっぱいあるから、大丈夫なんだよ」っていう、その二つのエネルギーをしっかりと自信に変えて、「自分で考えて自分で判断して、自分で行動するんだよ」ということです 。

―特別支援が必要な子どもや、配慮が必要な子どもに対しての想いを教えて頂ければと思います。
自分たちはできる限り障害を個性として考え、「みんな違ってていいんだよ」っていうのが大前提にあって、その中で受け入れています。自分たちが一つ理念として大切にしていることは、「愛情の循環」です。愛情も血液と一緒で、ため込んじゃうと滞ってしまうんですね。愛情をもらって、ちゃんと外に出していくっていうことをやっていかないといけない。動物を飼ったり植物を植えたりしてるんですけど、愛情が一番うまく回るのが、障害を持っている子がいてくれること。「いろんな違いがあるんだな」っていう、違いの幅が広くなってくるので。障害を持っている子がいることによって自分が手を貸し、助けてあげるっていうことを小さい頃からやっていくと当たり前になるんですよね。人間の本能として、困っている人がいたら助けるんですよ。それを教育ではなくて、普通にそれをみんながやっていれば、それが人としての当たり前の生き方になっていきます。体力的にも強い子もいれば弱い子もいる、細い子もいれば太い子もいる、背の高い子もいれば低い子もいる。いろんな子がいる中の一部が障害を持っているお子さんたちなので、その子たちと一緒に関わるっていうことが、それがお互いに大切な影響を与えるっていうことでうちは受け入れています。「違ってる人がいっぱい一緒にいるって楽しいね、うれしいね」っていう、そういう教育をしていくことが幸せの教育だと思っています。障害のお子さんのためにやったことっていうのは、実は健常と言われるお子さんたちのためにもすごく良いことなので。
 「特に障害がある子を受け入れています」っていう言い方をするのがいいのかも迷うぐらいの気持ちです。保護者の方と一緒にどうやったら受け入れていけるのかを考え、「子どもたちと一緒にどうしてあげられるかな?」っていうのを考えることが良いことだと思っています。先生も一緒です。たとえば、病気になったり妊娠したり。「妊娠したらもう辞めてください」って日本では言われちゃうらしんですけど。そうではなく、「お腹が大きくなってきたら、重いものは持たせないようにしようね」とか。いろんなことが起こる現状があったら、できる限りの範囲で受け入れていくっていうのが、実は子どもたちにとって一番大きな学びのチャンスだと思っています。その中で一人一人が考えるっていうことが一番大切なことだと思っているんですよね。

―特別支援が必要な子どもの、受け入れ基準というものはありますでしょうか?
基本的にはできる限り受け入れようと思っております。ただ、クラスの状況が落ち着かなくならないような程度に受け入れていく、というのが基本的にはあります。この子が障害で、この子は障害ではないっていうのは幼児期は難しいですし、それを判断すべきじゃないと思うんですけど。「クラスに2名ぐらいまで」というのが大体の基準です。できる限りみんなにとっていい環境を作れる範囲までで受け入れていく。身体的な問題があったとしても、逆に命の危険があるような、医療行為が必要であるとかになると、お母さんかメイドさんも一緒に来てくださいっていう事例はありました。「どうやったら受け入れられるかを一緒に考えて行きましょう」という考え方でやっています。あとは、こちら側のマンパワーの問題もありますしね。受け入れられないっていうのは子どものせいじゃなくて、こちらの力不足で受け入れられないんですから、「力をつけることができたら、それをやっていこう」っていう感じで動いています。

Eis International preschool: https://www.eisintl.com/

<その他の幼稚園>
ローカル幼稚園ではありますが、下記の幼稚園が、スペシャルニーズがある未就学児を受け入れ、また、日本人の先生がいらっしゃるとのことです。

The Growing Academy:
https://www.thegrowingacademy.sg/?gclid=Cj0KCQjw06OTBhC_ARIsAAU1yOUvjSnq_YDXElw7nfKgbcYlMX7taDu_ANXHoixMmvo4gdcTpEavWcwaAo8TEALw_wcB

詳細については、直接、幼稚園までお問い合わせください。


3.自助グループ(「ぽこ・あ・ぽこ」)

Q5. 日本とは異なった様々な事情があることが分かりました。シンガポールでやっていけるか不安に感じられる方もいるかと思います。何かアドバイスはありますか?

「ぽこ・あ・ぽこ」という、スペシャルニーズがある子どもと保護者の会があります。保護者の方たちが、ボランティアで活動をしている自助グループです。発達障害、知的障害、肢体不自由などのスペシャルニーズがある、診断はついていないけれど少し発達が気になる、という子どもとその保護者の方たちが参加されています。

定例会:
月一度、定例会を開催しています。海外という公的な相談機関がない場所で、子どもに合った医療・療育・教育といった支援に出会うことは難しいのが現状です。どこにどのような支援機関があるのか、それらを利用した感想など、生きた情報をみんなで集まって共有しています。また、海外で子育てを一人で抱えることは、とても大変です。時には、「疲れた」そんな素直な気持ちを話せる場所として、保護者の方たちの居場所となっています。

勉強会:
勉強会では、シンガポールでの子育てに必要な知識や帰国後のことなどを学びます。

レッスン:
リトミック、サッカーを、専門講師を招き行っています。現在は、コロナのため休止中。

アフタースクール:
アフタースクールは、スペシャルニーズの子ども達が集う場所が少ない海外で、保護者が作り上げている子ども達の居場所です。遊びに夢中になったり、友達を感じたり、友達と喧嘩したり、上手くいく時があれば上手くいかない時もあったりと、その子がその子らしく居られる場所づくりをしています。コロナによる規制のため休止しておりましたが、規制緩和により、再開に向けて動いております。

ご覧になっている方の中には、「ぽこ・あ・ぽこ」に興味はあるけれども、大勢の保護者の中に入っていくのはちょっと・・・そのように躊躇われる方もいらっしゃるかと思います。人と繋がること、知識を得ること、話すことで、お一人で抱えているものが少し減るかもしれません。いきなり定例会ではなく、まずは勉強会から、まずはメールだけなど、少しずつの参加ももちろん大丈夫です。みなさん、お一人お一人のペースで参加されていらっしゃいます。いつでもお待ちしております。

「ぽこ・あ・ぽこ」:https://pocoapoco88sing.amebaownd.com/

 

4.離星に向けて準備なさる方、渡星される方へ

Q6. 特に駐在員など、数年でシンガポールを離れるという方も多いかと思います。本帰国に向けて、何か気をつけておくべきことはありますか?

お子様の障害の程度、困り感の程度によるかと思いますが、シンガポールで日本人学校や医療機関・民間機関などに繋がり、帰国してから日本でスムーズに支援が受けられるように準備されていると安心だと思います。日本での支援に関する情報が何もない状況で帰国されると、日本の学校や福祉領域で適切な支援を受けられるようになるまでに、時間を要することになる場合もあります。

また、日本では、発達検査や知能検査を受けられるまでに数か月待たなければならないことも少なくありません。発達検査・知能検査を受けたことがない場合や、年数が経ち現状を表していると言えない場合、帰国前にシンガポールで受けておくと、日本での支援がよりスムーズに進むかと思います。

Q7. これからシンガポールに来られるという方もご覧になっているかと思います。渡星を予定されている方に、アドバイスをお願いします。

シンガポール生活は、日本にいる時よりも、子どもと一緒にいる時間が増える方が多いのではと思います。来星当初の子どもの預け先が決まるまでの期間もそれなりにあり、頼れる親族が居ない、学童・放課後デイサービスがない環境であることや、インターナショナルスクールの長期休暇期間は日本の学校以上に長いといったこともあります。

そのため、日本にいる時以上に、ご家庭の時間や役割が増えることでしょう。渡星前に、子どもへの関わり方について、改めて考えておくことも有用だと思います。例えば、ご家庭で「良いところを具体的に褒める」など、ちょっとした療育的なエッセンスを取り入れて子どもに接することは、より良い海外生活を送る上で助けになると思います。子どもへの接し方を学んだり、日本で通われている療育機関などで専門家から助言をもらっておくことも良いでしょう。

また、来星すると、最初は慣れない環境、そしてシンガポールのうだるような暑い気候に心も体もぐったり・・・そんな状況に置かれるかもしれません。保護者の方ご自身が、どう心と体を健康に保てるか、セルフケアについて考えておかれることもとても大切です。

そして、「シンガポールで子育てができてよかった!」そんなお母さんたちの声を聞くことが沢山あります。「他民族国家であり、“みんな違って当たり前”の社会的空気感の中で、のびのびと子育てができる」「南国で、一年中プールで思いっきり体を動かせられる環境がある」「海外だからこそ日本人同士で支え合っている」「親戚などの頼れる人は近くにいないが、だからこそ自分らしく子育てができたかな」「仕事を辞め海外に来ることで、家族の時間をしっかり持て、子どもと向き合えた」。
住み慣れた場所を離れ、苦労がありながらも、今いる場所に意味を見出され子育てに奮闘なさっている保護者の方たちがたくさんいらっしゃいます。

【最後に】
現状報告を作成するにあたり、「ぽこ・あ・ぽこ」の保護者の方たちにご協力をいただき、多くの有益な情報を頂戴しました。心から感謝申し上げます。これから渡星される、あるいはご帰国される皆様にとって、参考になることがありましたら幸いです。


<プロフィール>
西河 彩恵子:日本の公立小学校にて、特別支援教育に従事。渡星後は、「子どもと家族の心理相談室 こころん(https://kokoron-sg.com/)」にてカウンセリング、教育・発達相談、療育、学習支援、プレイセラピーなどを行い、子どもと家族の心と学びを支援。

谷口 かおり:基幹相談支援センターに勤務後、渡星。ぽこ・あ・ぽこ、WithKidsに所属し、勉強会の開催や海外在住邦人を対象にしたメール相談に従事。

長谷川麻衣:日本(東京都内の小学校・幼稚園、心理教育相談室等)、アメリカ(ニューヨーク補習授業校、日系ボストンホットライン等)、シンガポール(Eis International Preschool)にて親子支援に従事。元Eisスクールカウンセラー。現在、東京未来大学の非常勤講師

 

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